第三十部 白い羽根が、空の部屋に残る話 ④ 伝令と、新しい線
修道院を出る頃、港から伝令が駆け上がってきた。
息を切らしている。
顔が青い。
「リヴィア様!」
「何です」
「北入り江で、偽の白い鳥の船を見つけました!」
リヴィアの目が変わる。
「船は」
「無人です。ですが、船底に火をかけられています。沈みかけています」
「証拠消しか」
テオが言った。
伝令は、俺の持つ白い羽根を見た。
それから、革袋のあたりを見た。
「それと」
「まだあるのか」
俺が言うと、伝令は頷いた。
「船の中に、木札が一枚」
リヴィアが受け取る。
青い細線。
偽の白い鳥。
裏に、短い文字。
北へは行かせた。
だが、兄は南へ戻れ。
俺の血が冷えた。
「兄」
リヴィアが低く言った。
テオも紙を見る。
修道女が目を閉じる。
俺は、木札を見つめた。
敵は、俺を見た。
少なくとも、俺に妹がいることを知った。
いや、もしかしたら最初から。
紙の向こうの目は、もうこちらも見ている。
「これは、あなた宛てです」
リヴィアが言った。
「ああ」
「南へ戻れ、とは」
俺は少し考えた。
南。
シーロ。
カロ。
カラベル自由諸島。
それとも、リンデン。
王国。
ブリエン。
どれだ。
敵は、俺に北を追わせたくない。
なら、北に本命がある。
そう思うべきか。
それとも、そう思わせたいのか。
道が多すぎる。
俺は、ようやく歩けるようになったばかりなのに。
「ロド」
テオが言った。
「今すぐ決めるな」
「分かってる」
「本当に?」
「分からない」
正直に言った。
リヴィアが、俺の前に立った。
「では、決めません」
「お前が決めるのか」
「今のあなたは、決めると沈みます」
「船じゃないぞ」
「同じです」
彼女は木札を油布に包んだ。
「北入り江へ行きます。証拠を拾う。敵の言葉ではなく、残ったものを見る。それから決めます」
テオが頷いた。
「正しい。商人としても同意だ」
「今は値段を」
「つけない」
俺は息を吐いた。
胸が痛む。
でも、さっきより少しだけ呼吸ができる。
レイラは生きている。
敵はこちらを見ている。
北へ行かせた。
兄は南へ戻れ。
なら、俺は。
俺たちは。
まず、残ったものを見る。
リヴィアは歩き出した。
テオが続く。
マリノが俺の横につく。
俺はまた支えられる。
だが、今度は文句を言わなかった。
空の部屋。
白い羽根。
机の傷。
北の入り江。
全部が、一本の線になり始めている。
青い線ではない。
まだ色の分からない線だ。
その先に、レイラがいる。
そう信じるしかなかった。
──第三十部 了




