第二十九部 七日間の海と、また腰帯を掴む話 Another Side:セオドール・グラントの帳面
航海六日目の夜。
《白翼》の自室で、テオは新しい頁を開いた。
帳面の表紙には、グラント商会の小さな印。
頁の上には、いつもの整った字で、記録が並んでいる。
・ロド・カナリ。負傷傭兵。便宜上は、ロド・カナリ。実名は、不明。
・サンドル。同行管理者。ロドが「リュー」と言いかけることがある。本名は、おそらくリューリック。
・ロドには妹がいる。名は未確認。北東島領で標的化されている可能性あり。
・リヴィア・サレーネ。船団長令嬢。記録癖あり。ロドへの観察が少し増えている。理由は、船酔いと事件と、たぶんそれ以外。
・マリノ。船医。冷静。背景未調査。要追加情報。
・ガスパル・ローニ。元船団員。三年前のラグナ沖の真相について証言可能。
・カロ・ディーノ。清書屋。逃走中。行き先候補、カラベル自由諸島。
ここまでは、商人としての記録だった。
いつも通り、整った字で並んでいる。
しかし、テオは新しい頁の下の方に、もう一行だけ書き加えた。
他の字よりも、少しだけ崩した字で。
・ロドは、立てるようになった。彼の旅は、ここから本当に始まる。
テオは、少しだけその一行を見た。
商人らしくない一行だった。
商人らしくないからこそ、書いておく価値がある気がした。
彼は帳面を閉じ、油布で包み、内ポケットへ入れた。
外では、波が穏やかに鳴っていた。
明日、アルストラが見える。
その先、テオ自身は、おそらく別の道を行くだろう。
商人の道。
カラベル方面。
カロを追う道。
しかし今夜は、まだ同じ船の上にいる。
あと一晩だけ、四人で。
──Another Side 了




