第二十九部 七日間の海と、また腰帯を掴む話 ④ 海から陸へ
【七日目】
七日目の朝、俺は早く起きた。
寝坊する余裕はない。
今日、アルストラが見える。
俺は革袋を確認し、上着を整え、寝台から立った。
立てる。
ちゃんと立てる。
昨日までは、立つたびに揺れたが、今日は揺れない。
いや、揺れているのは船だ。
しかし、俺の中の揺れは、止まっていた。
甲板に出る。
風は冷たい。
潮の匂いが濃い。
水夫たちが帆を整えている。
舵手が船首を見ている。
すべてが静かに動いていた。
リヴィアが舵のそばにいた。
短い航海用の外套。
髪は風で乱れている。
今朝は、誰よりも早く起きていたらしい。
俺は、近寄った。
歩いて、近寄った。
六歩。
いや、七歩だった。
昨日より一歩、増えた。
「歩けますか」
リヴィアが言った。
「歩ける」
「今度は、本当にですか」
「本当に」
彼女は頷いた。
「では、今日、アルストラに着いたら、椅子を呼びません」
「呼ばないのか」
「あなたが歩く意志を持っているなら」
「持っている」
「では、私が肩を貸します」
「肩」
「腰帯は禁止です」
「分かった」
「返事は」
「実行」
リヴィアが、今度は少しだけはっきり笑った。
昨日より、ずっと笑いやすそうに笑った。
潮風が、その笑みを少しだけ運んだ。
遠く、東の海に、影が見えた。
白い。
切り立った岩肌。
その上に、修道院の塔。
アルストラ。
北東島領の島。
妹が、いたかもしれない場所。
俺は革袋を握った。
空の硝子管が、最後にもう一度鳴った。
からん。
戻ってくる。
いつか。
今は、進む。
桶は、半分だけ卒業した。
残り半分は、まだ友達でいてもらう。
たぶん、これからも。
「ロド・カナリ」
リヴィアが言った。
「何だ」
「この航海中、ありがとうございました」
「礼を言われることをしたか」
「桶を半分卒業しました」
「自慢にもならない」
「自慢になります」
「なぜ」
「立つ人間になったからです」
その時、テオが甲板に出てきた。
帳面を抱えて。
マリノが続いた。
四人で、アルストラの影を見た。
誰も、すぐには何も言わなかった。
「ロド」
テオが、ようやく言った。
「何だ」
「この航海、悪くなかったよ」
「俺はかなり悪かった」
「君以外は」
「ひどい言い方だ」
「正確だ」
「商人の本義か」
「商人の本義」
マリノが短く言った。
「次は、アルストラの坂です。平地と同じには考えないでください」
「歩くと言ったろう」
「坂は別です」
「坂は俺の敵だ」
「敵ではなく地形です」
「地形は敵だ」
「鋭敏ですね」
俺たちは笑った。
ほんの少しだけ。
大きく笑うと、まだ脇腹が痛む。
だが、笑える程度には、笑えた。
アルストラの影が、少しずつ近づく。
七日間の海が、ようやく終わる。
次の事件が、待っている。
しかし今は、あと少しだけ、海の上にいる。
七日かけて、立つ証人になった男と。
彼を立たせた三人と。
立たないままの桶と。
全員、それぞれに、海から陸へ向かっていた。
──第二十九部 了




