第二十七部 死んだ名が、港で息をする話 ② サレーネ船団と、不本意な肩書
サレーネ船団本部は、港を見下ろす坂の途中にあった。
白い石造りの三階建て。
入口の上には、翼を広げた白い鳥の紋。
白鳥か、海鳥か。
俺には分からない。
ただ、その鳥は海を見ていた。
門の内側には、船材、樽、縄、帆布、帳簿箱を運ぶ者たちが行き交っている。
港の商会というより、小さな役所に近い。
いや、役所より動いている。
紙も動き、人も動き、荷も動く。
止まっているものが少ない。
そんな中を、俺は運ばれていた。
たいへん目立つ。
非常に目立つ。
濃い緑の外套のリヴィア。
涼しい顔のテオ。
薬箱を持つマリノ。
その後ろに、両側から支えられた傭兵。
港の人間が見る。
水夫が見る。
記録係が見る。
魚を抱えた少年まで見る。
「リヴィア」
俺は小声で言った。
「何です」
「これは本当に必要か」
「必要です」
「俺、見世物では」
「証人です」
「証人はもっと自分の足で歩くものじゃないか」
「動かない証人から、運ばれる証人に昇格しました」
「昇格と言い張るな」
その時、玄関広間の奥から、低い声が響いた。
「リヴィア」
声だけで、何人かの水夫が背筋を伸ばした。
俺も伸ばしかけた。
脇腹が痛んだ。
「痛い」
言ってしまった。
広間の奥から現れた男が、こちらを見た。
背が高い。
白髪交じりの黒髪。
日に焼けた肌。
目が海の色をしている。
リヴィアと同じ、遠くを見る目。
だが、リヴィアよりさらに重い。
船団長ダリオ・サレーネ。
たぶん、この男がそうだ。
ダリオは俺を上から下まで見た。
包帯。
支えられた体。
革袋。
顔色。
そして、リヴィア。
「拾ったのか」
第一声がそれだった。
俺は黙った。
リヴィアに黙れと言われている。
実行中だ。
「拾いました」
リヴィアは平然と答えた。
「道端で?」
「道端で」
「またか」
「また、とは何ですか」
「お前は昔から、傷んだものを拾う」
リヴィアの耳が少しだけ赤くなった。
意外だった。
この女にも、父親の前でしか出ない顔があるらしい。
「彼は証人です」
「見れば分かる。まともな乗客には見えん」
ひどい。
反論したい。
だが、実行中だ。
黙る。
黙るのは難しい。
リヴィアがこちらを一瞥した。
黙っていろという目だった。
俺は黙った。
成長している。
たぶん。
ダリオはテオを見た。
「グラント商会の若旦那か」
「セオドール・グラントです。お邪魔します、船団長」
「邪魔かどうかは、持ってきた紙で決まる」
「では、かなり邪魔になるかもしれません」
「よろしい。商人らしい」
よろしいのか。
この父親もなかなか面倒そうだ。
リヴィアが短く言った。
「父上、ガスパル・ローニが消えたと聞きました」
広間の空気が変わった。
ダリオの目が細くなる。
「消えた。記録庫に入った形跡がある。三年前のラグナ沖記録が抜かれた」
「黒帆から木筒が投げられました」
リヴィアは油紙を差し出した。
ダリオが読む。
死んだ名は、港で息をする。
ガスパル・ローニを、先に返せ。
ダリオの表情は変わらなかった。
だが、紙を持つ指が一瞬だけ強くなった。
「港を閉じたか」
「指示しました」
「遅い」
「承知しています」
「だが、閉じないよりはいい」
ダリオは広間にいた記録係へ振り返った。
「東桟橋、西市場、古倉庫、全部に人を回せ。ガスパルを見つけても一人で近づくな。生きて捕れ」
「はい!」
「それと、港門の名簿を持ってこい。今朝出た船、降りた者、荷札を全部だ」
記録係たちが散る。
速い。
父も娘も、命令が速い。
「リヴィア」
「はい」
「お前は古い記録庫へ行け。何を抜かれたか確認しろ」
「はい」
「グラントの若旦那」
「はい」
「紙を見る目が必要だ。来い」
「喜んで」
「怪我人」
ダリオが俺を見た。
俺は黙った。
黙っていたが、呼ばれている。
これは返事していいのか。
リヴィアを見る。
リヴィアは小さく頷いた。
「ロド・カナリだ」
「名は聞いていない」
「ひどい」
「歩けるか」
「便宜上は」
「歩けないな」
「なぜ分かる」
「顔だ」
「俺の顔はここでも忙しいな」
ダリオは、少しだけ口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
すぐ消えたが。
「運べ。記録庫に連れていけ」
「父上」
リヴィアが言った。
「彼は負傷者です」
「お前が連れてきた証人だろう。証人は現場を見る」
「ですが」
「見せて倒れたら船医がいる」
マリノが静かに言った。
「倒れる前に止めます」
「よろしい」
「よろしくない」
俺は言った。
ダリオが俺を見る。
「口は動くな」
「船医にも同じことを言われた」
「なら信用できる」
信用の基準がおかしい。
だが、もう流れは決まっていた。
俺はまた運ばれる。
港に着いても、船団本部に入っても、俺の扱いは変わらない。
運ばれる証人。
たいへん不本意だ。
しかし、必要だと言われてしまった。
それなら、やるしかない。
──第二十七部 了




