第二十七部 死んだ名が、港で息をする話 ① 白い街と、運ばれる証人
港という場所は、陸なのか海なのか分からない。
足元は石だ。
建物もある。
人も歩いている。
市場の匂いもする。
焼いた魚。
柑橘。
油。
汗。
濡れた縄。
だが、どこにいても海の音がする。
波が壁に当たる音。
小舟が桟橋にぶつかる音。
帆柱が風で鳴る音。
そして、足元が揺れていないはずなのに、体の中だけがまだ揺れている。
俺は思った。
港は、陸のふりをした海だ。
つまり、信用できない。
俺の名は、レオン。
便宜上は、ロド・カナリ。
二十八歳。元王子。現傭兵。職業、負傷予定者。
趣味、惚れること。
専門、死にかけて誰かに縫い直されること。
現在の肩書きは、運ばれる証人。
港に着いたのに、まだ自分の足で歩いていない。
これはもう、旅と言っていいのか少し怪しい。
◇
シーロの港は白かった。
防波堤も、倉庫の壁も、坂の上に並ぶ家も、陽を受けると白く光る。
屋根は青い。
海より少しだけ濃い青。
窓枠には赤や黄色の布が揺れている。
港の奥には、魚市場があり、そこから威勢のいい声が飛んでいた。
王国の港町とは違う。
帝国の軍港とも違う。
ここは、海が生活の中心にある町だ。
道が海を避けているのではない。
道が海へ向かっている。
「見るだけなら元気そうだね」
テオが言った。
「見るだけならな」
「歩ける?」
「歩ける」
俺はそう言って、桟橋へ一歩踏み出そうとした。
足元がふらついた。
右から水夫。
左からマリノ。
二人に支えられた。
「歩けていません」
リヴィアが言った。
「今のは港が揺れた」
「港は揺れません」
「俺の中では揺れている」
「それは船酔いです」
「便利な診断だな」
「便利ではなく正確です」
リヴィアは先を歩いていた。
濃い緑の外套。
腰には短剣。
髪は港風に揺れている。
船の上とは少し違う。
同じ女なのに、港へ降りた途端、彼女の背負うものが増えた気がした。
船だけではない。
船団。
港。
水夫たち。
死者の名。
そういうものが、彼女の外套の裾に絡んでいる。
「ロド・カナリ」
「何だ」
「本部に着いたら、しばらく黙っていてください」
「なぜ」
「父がいます」
「船団長か」
「はい」
「怖いのか」
「怖いというより、面倒です」
「それは怖いより悪いな」
テオが横で笑った。
「リヴィア殿、父君はどんな方だい」
「船団長です」
「説明が役職だけだね」
「それで足ります」
「足りない気がする」
リヴィアは少しだけ考えた。
「海より頑固で、帳簿より細かく、嵐より声が大きい人です」
「十分怖いじゃないか」
俺が言うと、リヴィアは真顔で答えた。
「ただし、嘘は嫌います」
「なら助かる」
「あなたは便宜上が多いので、助からない可能性があります」
「最初から詰んでる」
「黙っていてください」
「分かった」
「返事は?」
リヴィアが言った。
俺は顔をしかめた。
これをここで使うのは、少し悔しい。
だが、借りた言葉は便利だ。
「実行」
リヴィアは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく頷いた。
「よろしい」
「お前、完全に管理する側になってるな」
「必要です」
テオが後ろで呟いた。
「ニーナ殿が見たら、どう思うかな」
「言うな」
「たぶん、記録されるね」
「誰に」
「全員に」
最悪だ。
俺の周囲は、いつからこんなに記録者だらけになったのか。
──第二十七部 了




