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第二十五部 死んだ水夫の合図と、灰橋倉の家令の話 ⑥ 言いかけた名

 夜更け。


 黒帆は再び距離を取った。


 こちらも追わない。


 風はシーロへ向いている。


 逃げ切れるかどうかは、朝の潮次第だという。


 俺は寝台に戻された。


 今度は自分で戻ったと言いたいところだが、水夫二人に支えられた。


 ほぼ荷物だ。


 分類が増えすぎて、もう抵抗する気も薄れてきた。


 リヴィアは記録箱の前に座り、エリオの記録を写している。


 テオは船倉の名前写しと照合している。


 マリノは内通者の使った薬の匂いを分けている。


 俺は寝台の上で、天井を見ている。


 役に立っていないようで、たまに口を出す。


 こういう役目にも、少し慣れてきた。


 慣れたくはなかった。


「ロド」


 テオが言った。


「何だ」


「サンドルなら、今の合図をどう読んだと思う」


 俺は少し黙った。


 サンドル。


 言い直さなくて済んだ。


 それだけで、少しだけ自分を褒めたくなる。


「リュー……」


 言いかけた。


 止めた。


 テオがこちらを見た。


 リヴィアも、少しだけ筆を止めた。


 やばい。


 俺は咳払いした。


「サンドルなら、まず足元を見る」


「灯の話だよ」


「それでも足元を見る。灯を振っている者が慌てているなら、体重のかけ方が違う、とか言い出す」


 テオは笑った。


「ありそうだ」


「それから、合図そのものより、合図を見た者の反応を見る」


「つまり、今の君みたいに?」


「俺は寝台の上だ」


「だからよく見えるんだろう?」


「嫌な褒め方が流行っている」


 リヴィアが、筆を置いた。


「ロド・カナリ」


「何だ」


「今、リュー、と言いかけましたね」


 来た。


 三度目。


 ついに来た。


 テオは口元を隠した。


 隠しきれていない。


 マリノは興味がなさそうに薬を嗅いでいる。


 ありがたい。


 リヴィアだけが、まっすぐ見ている。


「熱のせいだ」


「便利に使いすぎです」


「船酔いもある」


「それも便利に使いすぎです」


「怪我もある」


「怪我は本当ですね」


「だろう」


「では、怪我が治ったら聞きます」


「聞かなくていい」


「記録しておきます」


「するな」


「します。ロド・カナリ、サンドル殿を別の名で呼びかけることがある」


 テオが小さく言った。


「良い記録だね」


「商人」


 俺とリヴィアが同時に言った。


 まただ。


 テオが満足そうに頷いた。


「息が合ってきたね」


「合ってない」


「合っていません」


 また同時だった。


 悔しい。


 たいへん悔しい。


 リヴィアも少しだけ困った顔をした。


 その顔が、少しだけ可笑しかった。


 笑うと脇腹が痛むので、俺は我慢した。


 成長だ。


 たぶん。


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