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第二十三部 黒帆と、海の姫の怒りの話 ⑥ 濡れた手

 同じ頃、船尾近くの狭い物置で、ひとりの男が濡れた手を拭いていた。


 水夫の上着。


 濡れた袖。


 爪の間に、薄い薬草の粉。


 男は、誰にも見られていないことを確認し、小さな紙片を舌の下から取り出した。


 紙片は湿っていた。


 だが、青い細線だけは残っている。


 男はそれを噛み、飲み込んだ。


 甲板では、まだ鐘の余韻が揺れている。


 黒帆は離れた。


 だが、遠ざかったわけではない。


 男は、暗い物置の中で、低く呟いた。


「名前は、まだ海の上だ」


 それから、何事もなかったように桶を持ち上げ、甲板へ戻っていった。



──第二十三部 了


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