第二十二部 船酔い傭兵と、青い細線の薬草樽 ④ 青い細線
「で、荷の話だ」
テオは声を落とした。
リヴィアも表情を変える。
船室の空気が、一段低くなった。
俺は横になったまま、目だけを向けた。
「薬草樽は、この船にあるのか」
「ああ」
テオは帳面を開いた。
「船倉の奥、右舷側に三樽。表向きはブリエン南岸の倉持ち名義。最初はオーランド系商会名義だった。途中で名義が変わり、荷札も二度貼り替えられている」
リヴィアが言った。
「うちの船に積まれた時点では、正規の荷でした。ですが、グラント商会から確認が入ったので、出航前に積み位置を変えています」
「変えたのか」
「はい。怪しい荷は、怪しいまま置きません。近くに水夫を一人つけています」
「優秀だな」
「海では、積み荷が嘘をつくと沈みます」
俺は、その言葉に少しだけ引っかかった。
銀貨は嘘をつく。
名前も売られる。
荷も嘘をつく。
嘘は、陸だけではなく海にも流れているらしい。
「青い細線は」
俺が訊くと、テオが紙を一枚出した。
荷札の写しだ。
そこには、確かに細い青線が引かれている。
ヴィクトルの斜め三本ではない。
円の中の目でもない。
ただの細い横線。
だが、似ている。
似せている。
「この線が、リュー……サンドルを動かしたのか」
「それだけじゃない」
テオはもう一枚の紙を出した。
崩れた略号。
リュに見える文字。
「これだ」
俺は息を吸った。
脇腹が痛む。
「痛い」
声に出す。
リヴィアがこちらを見る。
「続けられますか」
「続ける」
「続けられますか、と聞きました」
「……少し」
「では、少しだけ」
厳しい。
だが、助かる。
俺は紙を見た。
リュ。
偶然かもしれない。
別の略号かもしれない。
だが、俺の胸は勝手に反応する。
国を失っても、文字は残る。
文字が残ると、痛みも残る。
「サンドルは、これを見て?」
リヴィアがテオへ訊いた。
「顔は変えなかった。だが、行くと決めた」
「どこへ」
「レヴォナ方面。名簿写しの線が、そちらへ流れている」
リヴィアは少し考えた。
「レヴォナ軽銀、名前写し、薬草樽、偽オーランド名義。それが同じ荷脈にある?」
「可能性は高い」
「シーロへ何を運ぶつもりですか」
「薬草だけなら、問題は小さい」
テオの声が低くなる。
「薬草樽の中身が、薬草だけならね」
船が揺れた。
俺の胃も揺れた。
だが、今はそれどころではない。
「開けたのか」
「まだだ」
リヴィアが答えた。
「海上で正規荷を勝手に開ければ、シーロ到着後に問題になります。ですが、船内で危険があるなら別です」
「危険を作れば開けられる、ということか」
俺が言うと、リヴィアの目が鋭くなった。
「作るのではありません。見つけるのです」
「すまん」
「謝れるなら結構」
テオが口元を緩めた。
「ロドが素直だ」
「船酔いのせいだ」
「便利だね、船酔い」
「便利ではない」
その時、船室の外で足音がした。
慌ただしい。
甲板を走る音。
次に、扉が叩かれた。
「リヴィア様!」
水夫の声だ。
「船倉の見張りが倒れました!」
空気が凍った。
リヴィアが立ち上がる。
「状態は」
「息はあります。ただ、急に膝をついて、そのまま」
「マリノ」
「行きます」
船医が薬箱を掴む。
テオも紙をまとめた。
俺は起き上がろうとした。
三人が同時にこちらを見た。
リヴィア。
テオ。
マリノ。
「駄目です」
「駄目だね」
「駄目です」
「三方向から止めるな」
「必要です」
リヴィアは短く言った。
「あなたはここで横になっていてください」
「俺も薬草の匂いなら少し分かる」
「なぜ」
「薬師と町医者と外科医と船医に囲まれてきた」
「最後は今です」
「つまり経験が増えている」
「増えているのは負傷歴です」
テオが、少しだけ考える顔をした。
「リヴィア殿」
「何ですか」
「ロドは、確かに妙な薬草の匂いを覚えている可能性がある。特にリンデンの薬草と、マレーナという薬師の薬草と、ヴェロニカ殿の止血粉」
「女性名が多いですね」
「そこは後で責めてください」
「責めません。記録します」
「記録はもっと怖い」
俺は言った。
リヴィアは一瞬だけ迷った。
それから、判断した。
「では、船倉までは運ばせます。歩かせません。立たせません。匂いだけ確認。終わったら戻す」
「俺は荷物か」
「はい」
「はいと言うな」
「拾得物から、参考資料に昇格です」
「昇格なのか、それ」
テオが笑った。
「よかったじゃないか。価値がついた」
「お前も後で覚えてろ」
「覚えておくよ。商人だからね」




