第二十二部 船酔い傭兵と、青い細線の薬草樽 ③ 海の姫
しばらくして、テオが船室に入ってきた。
片手に帳面。
もう片手に小さな紙束。
商人という生き物は、船が揺れても紙を離さないらしい。
「具合は?」
「床が裏切っている」
「それは船では正常だね」
「お前まで海側に立つな」
「僕は商人だから、揺れるものとは仲良くする」
「信用ならない職業だ」
「傭兵よりは帳簿が残る」
「言い返しにくい」
テオは寝台の横に腰掛けようとして、リヴィアに止められた。
「そこは道具置きです」
「失礼」
「この船では、物の位置を勝手に変えないでください。揺れた時に人が死にます」
「承知したよ、海の姫」
リヴィアの目が細くなった。
「その呼び方は、シーロの港だけで十分です」
「この船もシーロの船だろう」
「船は港より口が軽い」
「なるほど」
俺は二人を見た。
「海の姫?」
リヴィアがこちらを見た。
「共和国に姫はいません」
「では、なぜ姫と呼ばれている」
「半分は皮肉です」
テオが補った。
「残り半分は敬意だ。サレーネ船団はシーロでも有力な船団で、リヴィア殿はその船団長の娘。船も読める。荷も読める。人も投げる」
「最後だけ種類が違う」
「大事な能力だよ」
「そうですね」
リヴィアは否定しなかった。
強い。
この女は、自分が強いことを恥じない。
ヴェロニカとは違う。
ニーナとも違う。
カミラとも違う。
海の上で、必要だから強い。
そういう顔だった。
俺は少しだけ見てしまった。
リヴィアがこちらを見る。
「何ですか」
「いや」
「顔が余計なことを考えています」
「考えてない」
テオが笑った。
「ロド、君の五番は大丈夫かい」
「なぜ知ってる」
「君が寝ている間、革袋から紙が少し見えていた。読んではいない。ただ、五番のあたりだけ見えた」
「読んでるじゃないか」
「商人としては、見えた情報を見なかったことにするのは難しい」
リヴィアが眉を寄せた。
「五番?」
「女の人にいいところを見せようとしない、だ」
テオが言った。
リヴィアは、俺を見た。
俺は天井を見た。
天井は揺れていた。
逃げ場はなかった。
「良い指示ですね」
リヴィアは言った。
「この船でも採用しましょう」
「やめろ。管理指示が海を渡る」
「必要そうです」
「必要そうだね」
テオも頷いた。
「二人で管理するな」
「では、船医も入れて三人で」
マリノが薬箱を閉じながら言った。
「増やすな」
俺は言った。
胃が揺れた。
桶を見た。
左にある。
清潔な桶だ。
まだ負けていない。
まだ、は危ない言葉だ。
俺は少しだけ目を閉じた。




