表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/77

第二部 診療所のニーナと、消える子供たちの話 ⑥ 〜二枚目の札〜

その夜、月は、薄かった。


 街道は、村から東に半里ほど離れたところで、丘を一つ越える。


 俺たちは、その丘の手前の藪で、待った。


 リューリックが、藪の中で、剣の柄を、握っていた。


 俺も、革鎧の中で、肩の包帯を、確認した。


 包帯は、まだ、新しい。


「殿下」


「うん」


「肩はもちますか」


「もたせる」


「私が、できる限り抑えます」


「分かってる」


「ですが、相手は」


「分かってる」


「殿下、また裂けますよ」


「裂ければ、また縫ってもらう」


「ニーナさんに、ですか」


「……うるさい」


 リューリックは、それ以上は、言わなかった。


 風が、藪を、わずかに、揺らした。


 春の夜の風は、土の匂いを、運んでくる。


 夜の畑は、昼の畑と、違う匂いをする。


 昼は乾いて、夜は湿る。


 その境目に、子供を運ぶ商人が、通る。


 俺は、それが、嫌だった。



 ◇



 夜半過ぎ、車輪の音がした。


 荷馬車だった。


 四輪。


 布で覆っている。


 御者台に、一人。


 俺たちが調べた旅商人だった。


 荷馬車が、丘の上に上がってきた。


 俺は、藪の中で、ふと、鼻を動かした。


 匂いがする。


 布の下から、かすかな薬草の匂い。


 治療に使う匂いじゃない。


 眠らせるための匂いだ。


 俺は、前回見た青銅の札より先に、その匂いで、嫌になった。


 こいつらは、子供を「貨物」として運ぶことに、慣れている。


 慣れすぎている。


 俺は、リューリックに、合図した。


 リューリックが、うなずいた。


 藪を、出た。


 商人は、馬車を、止めた。


 すぐに気付いた、というより、最初から、街道の影を警戒していた目つきだった。


「客じゃないみたいですね」


 低い声で、商人が、言った。


 声に、訛りがなかった。


 訛りのない商人は、たいてい、商人じゃない。


「夜中に荷馬車を止める人は、追剥か、命知らずか、商売の邪魔をする方かのいずれかです」


「あんたも、夜中に荷馬車を走らせる、ろくな商人じゃないだろ」


「商売は、夜にしかできない品もあります」


「布の中、見せろ」


「お断りすると?」


「斬る」


「物騒ですね」


 商人は、笑った。


 笑い方が、上品だった。


 笑いながら、御者台の下から、刃物を、抜いた。


 短刀。両刃。


 ──これだけは、前回と、同じだった。


 いや、刃の長さが、わずかに、短い。


 使い慣れた手の届く長さに、合わせて削ってある。


 あの「目の札」の組織は、たぶん、メンバーごとに、武器を、合わせている。


 ということは、組織として、それなりに、整っている。


 ──嫌な情報が、また、ひとつ、増えた。


 リューリックが、藪から、出た。


 商人は、リューリックを見て、一瞬、表情を変えた。


「……二人だったか」


「気付くのが遅いな」


 リューリックの剣が、踏み込んだ。



 ◇



 一合で、終わらなかった。


 二合目でも、まだ崩れない。


 三合目で、ようやく、分かった。


 こいつは、前回の補給商人より、上だ。


 リューリックが圧していたが、俺が脇から挟もうとした瞬間、商人が、一気に、こちらに、寄せた。


 ──やべえ。


 俺の肩が、もう、裂けていた。


 斬られたのは、左の二の腕だった。


 浅いが、痛い。


「殿下!」


「動ける!」


 俺は、左腕一本で、剣を振った。


 振りは、甘かった。


 だが、商人の意識を、一瞬、こちらに、向けさせた。


 その一瞬で、リューリックが、商人の右腕を、斬り落とした。


 商人は、刃物を、落とした。


 崩れた。


 膝を、ついた。


 リューリックが、剣の柄で、商人の首筋を、叩いた。


 商人は、地面に、倒れた。


 ──気絶。


 俺は、肩で、息をしていた。


 肩の傷、また、裂けてる。


 左の二の腕、刺された傷、深くはない。


 膝に、泥が、ついた。


 鎧の革紐が、汗で、湿っている。


「……殿下、ご無事で」


「無事じゃない」


「歩けるなら無事です」


「お前の基準は、本当に、雑だ」


「家令の家系の副業の本義として、生き死にの基準は、歩けるか歩けないかだけでございます」


「リヴェンでも、同じこと、言ってたな」


「本義は、変わりません」


「お前の本義、本当に、頑丈だな」


「頑丈でございます」


 リューリックは、ふっと、笑った。


 荷馬車の布を、剥いだ。



 ◇



 中には、子供が、四人、いた。


 縛られていた。


 そのうちの、一番小さい子が、リルだった。


 頭の包帯は、剥がれかけていた。


 リルは、俺を、見上げた。


 俺は、見覚えがあったから、口を、開けた。


 リルも、口を、開けた。


 何か、言いたそうだった。


 だが、何も、言わなかった。


 リルが、俺の腕の中に、ぽとんと、落ちた。


 ──軽い。


 子供の体は、思ったよりずっと、軽い。


 軽すぎて、こいつらを「貨物」として運ぼうとした連中が、本当に、許せなくなった。


 俺は、リルを、抱えたまま、しばらく、動けなかった。


 動けない時間は、長くは取れない。


 夜は、もうすぐ明ける。


 商人を縛り、子供を診療所に運び、グウェンを暴く。


 全部、夜明けまでに、やる。


 俺の中の、計算が、また、回り始めた。


 今度の計算は、いつもの「俺の生存戦略」じゃなくて、「四人の子供の生存戦略」だった。


 ちょっと、慣れない計算だった。


 慣れないが、悪くない計算だった。



 ◇



 荷馬車の御者台。


 商人の懐から、リューリックが、いくつかの物を、取り出した。


 刃物。


 子供を縛るための細い革紐、何本か。


 眠らせる薬の入った小瓶、いくつか。


 それと、暗号の紙。


 帝国の認識票は、なかった。


 代わりに、もう、ひとつ。


「殿下」


「うん」


「二度目です」


「ああ」


 差し出されたのは、青銅の札だった。


 目の図案。


 円の中に、目が、一つ。


 前回と、まったく同じ意匠だった。


「……」


「偶然では、ございませんね」


「ああ」


「……二度目までは、まだ偶然で押し通せるか?」


「殿下の希望的算定でございます」


「だよな」


 俺は、札を、懐に入れた。


 ──二枚目。


 懐の中で、二枚の札が、軽く、触れた。


 軽く触れたが、音は、しなかった。


 二枚以上になると、音は、たぶん、薄くなる。


 数が増えると、何かは、薄くなるものだ。


 ただし、重さは、薄くならない。



 ◇



 夜明け前、村に戻った。


 リルと、他の三人の子供は、診療所に、運ばれた。


 ニーナは、診療所の戸を開けた瞬間、リルを見て、しゃがみ込んだ。


 リルを、抱きしめた。


 何も、言わなかった。


 ニーナの目から、涙が、ぽつ、ぽつ、と、落ちた。


 俺は、それを、見ていた。


 ニーナの泣き顔は、初めて、見た。


 ニーナは、走る娘だ。


 走る娘は、走るのが止まった瞬間、たいてい、泣く。


 走ることで、感情の、たぶん、八割は、外に出していたからだ。


 走るのを止めると、外に出る場所がない。


 涙は、その八割のうちの、たぶん、半分だった。


 残り半分は、たぶん、後で、診療所の裏の井戸端で、流される。


 俺は、それを、見ない方が、いいだろう。


 見ないことに、した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ