第二十一部 海の姫と、道端で拾われる男の話 Another Side:テオ
ロド・カナリが船に運び込まれた時、テオは本気で数を数え直した。
荷札の数。
薬草樽の数。
乗船名簿の数。
そして、死にかけた男が予定外に増えたことによる面倒の数。
どれも合わない。
特に最後が合わない。
「若旦那」
グラント商会の若い書記が、小声で言った。
「今の方が、例のロド・カナリですか」
「そうだよ」
「もっと、こう……強い傭兵かと」
「強いよ」
「そうなのですか」
「死にかけても生きている。あれはあれで、かなり強い」
書記は納得していない顔をした。
納得しなくていい。
テオ自身、まだ納得していない。
サンドルは、三日前までブリエン東口にいた。
ロドが来ないことを、静かに心配していた。
静かすぎて、周囲には伝わらない心配だ。
だが、テオには分かった。
あの家令は、待つことに慣れている。
待ちながら、最悪の手順を組み立てることにも慣れている。
そして、待てなくなる線を、自分で決めている。
その線を越えた。
だから、サンドルはレヴォナ方面へ向かった。
青い細線。
レヴォナ軽銀。
名前写し。
旧リュカリオンらしき略号。
その四つが、彼を動かした。
ロドではなく、そちらを追った。
冷たい判断ではない。
むしろ、熱い判断だ。
熱いものを、冷たい顔で包んだだけだ。
そして今、その待たれた男は、海の上で目を覚ました。
リヴィア・サレーネに拾われ、革袋を抱いたまま、船医の寝台を占領している。
テオは甲板へ出た。
ラグナ埠頭は、もう遠い。
夕方の海は、鈍い銀色をしていた。
軽い銀ではない。
重さのある、沈む色だ。
船倉には、例の薬草樽がある。
荷主名義は、また変わった。
今度はブリエン南岸の倉持ち名義。
その裏に、偽オーランド商会の影。
さらにその先に、青い細線。
面倒だ。
実に面倒だ。
そして、その面倒の真ん中に、ロド・カナリが予定外に乗ってきた。
しかも、意識がない状態で。
偶然か。
もちろん偶然だ。
ただし、商人は偶然を信じすぎない。
偶然は、値段をつけられないだけで、よく動く。
サレーネ船団の娘。
シーロでは、半分敬意、半分皮肉で「海の姫」と呼ばれる女。
その彼女が、道端で拾った怪我人を船に乗せた。
拾われたのがロドだった。
そしてロドは、サンドルが追う紙と同じ海路に乗った。
安くない。
本当に、安くない。
テオは、懐から小さな紙を出した。
サンドル宛てに書くか、ロドに見せるか、迷っていた紙だ。
そこには、短く書いてある。
リュ印の荷札、レヴォナ方面へ流出。
名簿写し、旧北方補給帳との類似あり。
サンドル、追跡開始。
ロド未着。
最後の一行は、もう直さなければならない。
テオは筆を取り、船室の壁を台にして、書き足した。
ロド、予定外の形で乗船。
状態、悪い。
運、相変わらず悪い。
生存、相変わらずしぶとい。
そこまで書いて、少し考える。
そして、もう一行足した。
海へ出る。
紙を折る。
封はしない。
まだ、誰に渡すべき紙か決まっていない。
船が揺れた。
陸が遠ざかる。
テオは、ラグナの港の向こうに続く道を見た。
サンドルは、あの道のさらに先にいる。
ロドは、この船にいる。
二人は分かれた。
だが、同じ紙の上にいる。
商人にとって、それはまだ別れではない。
ただ、支払いの時期がずれただけだ。
テオは、薄く笑った。
「さて、ロド。船賃はどうつけようか」
海風が、紙の端を揺らした。
青い細線のない紙が、夕方の光の中で白く光った。
船は南へ進む。
シーロへ。
そして、名前と銀と薬草を乗せたまま、陸から少しずつ離れていった。
──Another Side 了




