第十七部 粉挽き場の秤と、軽い銀貨の話 Another Side:テオ
ブリエン東口の取扱所は、港ではなかった。
海の匂いはしない。
だが、海へ向かう荷の匂いはする。
薬草。
粉。
羊毛。
乾燥魚。
革。
銀貨。
荷は、海へ出る前に一度ここで息を整える。
セオドール・グラントは、帳場の奥で、三枚の銀貨を並べていた。
王国銀貨。
ブリエン銀貨。
レヴォナ軽銀。
どれも銀貨の顔をしている。
だが、重さが違う。
重さが違うものを、同じ名で流そうとする者がいる。
それは商売だ。
商売ではある。
だが、度が過ぎると戦になる。
テオは、指でレヴォナ軽銀を弾いた。
高い音がした。
薄い音。
嫌な音だった。
「若旦那」
帳場の若い書記が入ってきた。
「灰柳経由の紙が届いています」
「灰柳?」
「はい。リンデン粉、とあります」
テオは紙を受け取った。
そこには、短い報告があった。
リンデン粉挽き場、軽銀拒否。
負傷傭兵、介入。
同行者、硬貨識別。
町医者の娘、薬市を維持。
テオは、そこで笑った。
「やっぱり、動いたか」
「誰がです?」
「南方療養地の壊れ物だ」
書記は首をかしげた。
テオは答えなかった。
紙の端に、青い細線が引かれている。
青いインク。
ヴィクトルの地下印刷網か。
それとも、それを真似る別の流れか。
まだ分からない。
ただ、リンデンの粉とレヴォナの銀と、あの怪我人が同じ紙に並んだ。
並んだものは、いつか値段を持つ。
金の値段か。
情報の値段か。
あるいは、国の値段か。
テオは筆を取った。
グラント商会の控え紙に、短く書く。
ロド・カナリ。南方療養地にて、粉と銀に接触。
サンドル。硬貨識別可。要注意、さらに有用。
ニーナ。町医者の娘。薬と市場の接点。
少し考え、もう一行足す。
青い細線、リンデンまで到達。
テオは紙を折り、別の封に入れた。
「若旦那、どちらへ?」
「王国中央にはまだ出さない。まずブリエン側で見る」
「危ない紙ですか」
「紙はだいたい危ない。燃えるし、残るし、誰かを動かす」
テオは、窓の外を見た。
ブリエン東口の空は、薄く曇っている。
この南の海には、シーロ海洋共和国へ続く航路がある。
ブリエンにとって、シーロは近い海の相手だ。
ただし、オーランドはその先ではない。
オーランド民主連合国は、レヴォナ、リヴェン、ヴェスタリアの線を挟んだ反対側にある。カランやカラベル方面の海岸線にも顔を出す、もっと遠くて、もっと腐った潮の匂いがする国だ。
だからこそ、オーランド出身のテオが、このブリエン東口にいることには意味がある。
荷は、人より先に大陸を横切る。
銀貨は、薬草より静かに国境を越える。
道はまだ遠い。
だが、軽い銀はもう先に走っている。
薬より速く。
噂より静かに。
テオは笑った。
商人の笑みだった。
だが、その奥に、少しだけ面倒なものを拾ってしまった男の顔があった。
「ロド、サンドル。君たち、やっぱり安くはなかったな」
銀貨を一枚、弾く。
軽い音がした。
その音は、まだ小さい。
だが、戦の前の金属音に似ていた。
──Another Side 了




