表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/12

第9話 小学校の教科書

「転生者だったの?!」


転生したことをいつ言おうかと迷ったが、結局は午後の仕事を始める前に早速報告することにした。


打ち明けた途端にタリアが驚きの声をあげ、校舎長も眼鏡の奥で目を見開いた。居合わせたベテラン講師ベンティが組んでいた腕をほどき、俺の頭から爪先までをじっくりと眺める。30代の男性講師シェファは、目を丸くしたまま呆然としていた。


「思ったより根性あるなあ」


緊張を打ち切るようにベンティが言った。


「来て一週間で住む場所と仕事を見つけるとは。肝が座ってる」


「で」とシェファが身を乗り出して聞いた。「転生前は何してたの」


一同の注目と興味が一挙に注がれているのがわかった。


「普通の高校生でした。大学を受験していて、気付いたらG-MATSの会場に」


「ケイって頭いいの?」タリアが聞いた。


「いいです」


「自分で言うのかよ」


シェファに肩を軽く小突かれると、小さく笑いが起こる。


「こっちで大学は受けないの?」

一連の流れを見ていたベテラン女性講師マイネが口を開いた。


「考えなくもないですが、ゼロからのスタートなので見当もつかなくて」


例えるならば、今の俺の状態は記憶喪失で海外にいるようなものだ。この世界の知識も常識も何も持ち合わせておらず、そこらの小学生の方がよっぽど物事を知っている。


「本当に何も知らないの?」タリアが畳み掛けるように聞いた。


「大陸大戦は?」


「初めて聞きました」


「この国の執政官は?」


「わからないです」


「約束の盾といえば?」


「盾……?」


タリアがお手上げというように肩をすくめた。

そもそも、俺はこの国の名前も知らないのだ。


「……本当に知らないのか」とベンティが言う。呆れているというより、確認するような口調だった。


「これは相当難しいわね」と女性講師が呟いた。まあまあ、となだめるように校舎長が立ち上がる。


「ここはベルドナ皇国だ。アルカナ大陸の第一学区に属しており、首都はイルナ、現在の執政官は──」


「あとで教科書を渡した方が早い」

シェファが割り込むと、校舎長は確かにと言って無言で固まったのち、静かに座り直した。


「ちなみに、皆さんはどちらの大学を出られているんですか」

仕切り直すように俺は聞いた。


魔導理論のベテラン講師ベンティは、アルカナ魔導皇立大学の魔導理論学部出身。感覚としては東大の物理学科を出て物理を教えている感じだろうか。


魔導実技筆記のシェファはヴェルヴェット聖教騎士大の魔導実技学部出身。

ベテラン女性講師マイネは皇室附属・女子高等魔学院の史学研究科修了。

汎用語担当のタリアは北自大の文化言語学部を卒業しているという。


いずれも頂点校かAランクにあたる名門揃いだった。


「大陸全土の傾向として、近年は学歴社会が激化している。不況だな」ベンティが言った。


ーーー


「ケイ」


午後の仕事を終えて受付の片付けをしていると、突然後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、シェファが手に何冊か本を持って立っている。


「これ、やるよ」


受け取ると、表紙に小さな子供の絵が描いてあった。


「娘が去年まで使ってたやつ。小学校の教科書だ。大学受験はさておき、一般常識くらいないと困るだろ」


社会や算術、汎用語といった主要科目がひととおり揃っており、セントレア初等部のシールが貼ってあった。このあたりにある私立小学校だ。


「ボロくしていいぞ。頑張れよ」


「ありがとうございます」と言ったが、それだけでは足りないような気がした。


ーーー


「ねえ、ケイ」


今度はタリアだった。廊下で呼び止められて、薄い冊子と筆記用具のセットを渡されたのだ。


「うちで授業に使ってる問題集。簡単じゃないけど、予備校に何冊もあるから一冊くらいいいわ。筆記用具も余ってる分持ってきた」


「いいんですか」


「うん。さっきはごめんね」とタリアは言った。

「みんなの前でバカにするつもりはなかったの」

頑張って、そう言い残して去っていった。


ーーー


その後も、すれ違う人たちからいろいろともらった。


ベテラン講師からは薄い大陸史の概説書。

炊事場の担当者からはおやつの詰め合わせ。「脳に栄養を送らなきゃ」と言って。

寮長からは勉強椅子。

それぞれが何かを持ってきて、屋根裏の部屋に少しずつ物が増えていく。


最後にタリアがやってきて、もう一冊追加で渡された。


 『スライムでもわかる!G-MATS対策 受験大全(改訂第九版)』


「すでに持ってます」


「え、どこで手に入れたの」


「先週、古本屋で」


タリアが少し間を置いて言った。


「どこの本屋も在庫処分に明け暮れてるのね……」

ーーー


夜、屋根裏の本棚にもらった本を並べた。


小学校の教科書が5冊、問題集が1冊、概説書が1冊、G-MATSの参考書が4冊。

ついこの前まで空だった棚に、バリエーションが加わってきた。


寮長からもらった椅子に座って、小学校の教科書を一冊開いた。


最初のページに、ベルドナ皇国の地図が載っていた。


アルカナ大陸の中央部に位置する国で、南北に長く、七つの州に分かれている。国全体が第一学区に属しており、ルーデン市に星印がついていた。


今、俺がいる場所だ。


地図をしばらく眺めてから、次のページをめくった。


大陸の歴史の年表が続いていた。大厄災の記述があって、七賢者会議の名前が出てきた。いずれもG-MATSで見た名前だった。


あのとき何もわからないまま書いた答案が、今になって少し意味を持ち始めていた。


「ここから、だな」

最初の一行を指でなぞった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ