命短し……
――あぁ、ダメだ……。
勇は女性たちを三等車の近くまで案内して、もとの持ち場へとなんとか戻って来る。だが、人で溢れ返るこの中から、小春を見つけ出すことはできない。
息を荒らげていた勇は、次第に探すことを諦め始めた。同時に込み上がる切なさが痛いほど胸を締め付けてくる。
――今さら……足掻いたって……。
客車の傍らに立ち止まり、勇は一度瞼を閉じきつく拳を握りしめる。
――もうどうにもならないだろ。……切り替えろ。
自分に言い聞かせるように深く息を吸い込み、ゆっくり顔を上げる。
勇は胸の内にある感情から無理やり視線をそらし、業務に専念することで考えるのを止めようと思った。今は、乗客を安全に客車に誘導し……送り出す。そのことに集中しなければ。
「……」
勇は周りの乗客へと、意識と視線を向けた。
人波は、先ほどに比べれば幾分落ち着き始めている。あとは、残っている人たちが客車に乗り込めば問題なく業務は完了する……。
小春は、一等車の一番奥の席の窓側に腰を下ろし、膝上に置いた盆栽に何気なく視線を落とした。
――あれ……?
小春は、僅かに目を見開く。
大切に育てていた二年間、一度も花を付けたことがなかった盆栽だが、青葉の影に小さくてぷっくりと膨れたピンク色の蕾を一つ見つける。しかも、それは花開きかけていた。
それを見た瞬間、小春は泣き出しそうに顔を歪める。
――なんで、今頃……。
「……小春さん?」
隣に座っていた正一が、小春の様子を気にかけて声をかけるが、彼女は食い入るように、その小さな桜の花を見つめていた。
正一は小春を不思議そうに見つめていたが、ふと、何かに気付いたように顔を上げる。
小春は一度瞼を伏せ、そっと盆栽を窓の傍に置いて視線を上げた瞬間、動きが止まった。
「……あ」
窓の向こうに……目の前に、勇がいる。
小春は息が詰まった。そして次の瞬間には窓に手をついて、僅かに身を乗り出すように窓に近づく。
勇はそんな小春に気付かず、乗客全員が乗り込んだことを確認し、口に笛を咥え、腰に下げていた合図灯に手を伸ばした。
笛を鳴らし、合図灯を頭の上で振ろうとした瞬間、何気なく視線を下げた勇の視界の端に小春の姿を捉え、思わず口に咥えていた笛を取り落とす。
「……」
「……」
二人は、ただじっと互いに見つめ合った。
しかしそれは、ほんの僅かな時間。お互いに何かを言いたい目を向けているのに、窓越しでは伝えることは叶わない。
「……っ」
勇が、何かを言おうと口を開いた瞬間、出発の汽笛が甲高く鳴り響く。
一瞬、そちらに気を取られた勇だったが、すぐに視線を小春に戻すと同時に、機関車はゆっくりと動き出した……。
じりっと足を踏み出しかけた勇の足が止まる。
そしてぎゅっと眉根を寄せ、震えそうな口を引き結ぶと勇はゆっくりと手を持ち上げ、敬礼をする。
機関車が走り出しても、二人の視線は互いを見つめたまま動かなかった。
「……」
勇は目深になった帽子の影で目を赤くしながら、小春の乗った機関車が見えなくなるまで、その場でじっと敬礼をし続けていた。
春が来て、桜散る……。
舞い上がる桜の花びらは、雨のように風に舞い上がった。




