前を向く
両親や他の町の人たちに、心配をかけている自覚はあった。それでも仕事を減らすことをしなかった勇は、木枯らしが吹く頃に入って一気に体調を崩してしまう。
高熱を出し、数日仕事に立つことが出来ずに自宅で療養をするしかなかった。
「まったく……無茶するからよ」
看病に当たっていた母が、すっかり溶けてしまった氷嚢に新しい氷を入れ、勇の頭に載せる。
勇は熱に浮かされて、頭の中がぼんやりと痺れたようになり、言葉を返すのも億劫になっていた。
一葉は濡れた手拭いで首周りの汗を拭きながら、ちらりと勇の机の上に飾られたままの枯れかけたほおずきに視線を向け、すぐに自分の手元に視線を戻す。
「そう言えばあなた、来年の春から宿舎に入ることを決めたんですって?」
「……うん」
「家が近いからって何度も断ってたのに、ずいぶん急ね」
汗を拭った手拭いを桶の水に浸しながらそう言うと、勇はぼんやりと天井を見つめたまま呟くように答える。
「……いつまでも、母さんや父さんの世話になってるのも、おかしな話だろ」
「……」
あまり自分の考えを話さない勇だったが、この日は熱のせいだろうか。日頃から思っていたことをぽつぽつと語った。
「……周りは、どんどん巣立ってる……。俺も、いつまでもこのままじゃ駄目だと思たんだ」
薄目を開けたまま、力のないため息交じりの声で話す勇の言葉に、一葉は手を止め何も言わずにじっと息子の言葉に耳を傾ける。勇はふっと目を閉じた。
「俺も……もう大人なんだ。自分の責任は、自分で取る」
「……何言ってるの。あなたは最初から、自分の責任は自分で取って来てるじゃない」
「……」
一葉は困ったように笑いながら水に浸した手拭いに再び手を伸ばして絞る。
「あなたの世話をこうして焼けるのも、もう僅かなのねぇ……」
少しだけ物悲しく呟いたその一言に勇が顔を傾けて母を見ると、まるで何事もなかったかのように笑いながら手拭いを差し出してきた。
「さ。これで良く体を拭いて着替えなさい。後でお粥さんと葛湯を持ってくるわ」
一葉はそう言うと立ち上がり、部屋を後にした。
勇はしばらくの間ぼんやりと一葉のいた場所を見つめていたが、やがてのろのろと起き上がり着ていた浴衣の帯に手を伸ばす。
頭が痛い。
体が痛い。
体はまるで鉛が付いたように重たくなっている中、勇は手拭いで体を拭い、新しい浴衣に着替える。そして力尽きたように布団にひっくり返り、深いため息を吐きながら氷嚢を自分の額に乗せ直した。
――来年からは、これも全部自分でやらないとな……。
長く、深いため息を吐いて、勇は目を閉じた。
一葉が買い物に出ようと籠を片手に玄関の扉を開くと、驚いたようにその場に立ち止まった。
「……小春さん」
家の前に立っていたのは小春だった。
少し息を荒らげているところを見ると、わざわざ走って駆け付けてきたのだと分かる。
「……あの、勇さんが倒れたって……」
「えぇ。ここのところずっと働き詰めで、無理が祟ったみたいです。しばらくは絶対安静だとお医者様に言われました」
視線が泳ぎ、俯き加減になる小春はまるで自分の行動に困惑しているようにも見えた。
よく見れば、小春の手にはお守りのようなものが握り締められている。そしてその手の薬指にはめられた指輪にも一葉は気付いた。
「小春さん、婚約されたんですね」
「あ……は、い」
戸惑いながらそう答え、無意識に左手を隠すように右手で握りしめる。
「……そう。おめでとうございます」
「ありがとう、ございます……」
「あんなに小さかった小春さんも、お嫁に行ってしまうのね……」
「……」
一葉の何気ない言葉に、小春は言葉を飲み込んだ。
言葉が見つからず、俯いてしまったままの小春に一葉は柔らかい笑みを浮かべて見つめる。
「……小春さん。勇と仲良くしてくれてありがとうございました」
そう言って頭を下げると、小春は困惑したように顔を上げた。
「あの子も、来年から自分の足でやっていくと言っていました。離れてしまうのは母親としては少し寂しいけれど、子供の成長を喜ぶのも親の務めですものね」
「……」
「あなたには、感謝しています。あの子を、一人前にして下さって本当にありがとう」
「……わ、私は、何も……」
表情を僅かに曇らせながらそう答えると、一葉は寂しそうに視線を落とす。
「……あの子のためにも、あなたはちゃんと幸せになってくださいね」
「……!」
小春は一葉の言葉に強い衝撃を覚え、それ以上何も言えなくなってしまった。




