安心と複雑
「正一くん、良く来てくれたね!」
「さあさあ、入って。今小春を呼んできますね」
正一が小春の元を訪ねると、弥七とキヨは嬉しそうに出迎えた。正一はすぐに居間に通され、折り目正しく座して待つ。
使用人が出した茶を啜り、何気なく中庭に目を向けた時、小春がやってきた。
「お帰りなさい。正一さん」
「小春さん……」
綺麗な洋服を身に着け、やんわりと微笑む小春の姿を見た瞬間、正一は無意識に息を呑んだ。
小春は、二年前に別れた時より格段に大人びて綺麗になった。十九にもなれば大人びていてもおかしくはないが、内面から出る色香は正一にはあまりにも衝撃的だった。
――これは……。
正一は膝の上に置いていた手を、意図せず強く握りしめる。小春は、正一の座っている向かいに静かに腰を下ろした。
「……海外は、いかがでしたか?」
「え、えぇ……。日本にはない、素晴らしい文化がありとても勉強になりました」
僅かな緊張感を持って答えると、小春はたおやかな笑みを浮かべたまま、静かに瞼を伏せる。
「……私も、いつか行ってみたいです」
「……」
正一は、小春の美しさとは裏腹な、寂しそうな雰囲気に目を見張った。
「……小春さん。何か、ありましたか?」
「……」
問いかけると、小春はすぐに返事を返さずややあってからゆるゆると首を横に振った。
「……いえ。何も」
何もない。そう言うが、何もなかったとは言えない雰囲気が二人の間に落ちる。
正一は、二つの可能性を頭に描く。どちらにしても、勇が絡んでいるのは間違いない。
緊張感からごくりと喉を鳴らした。
「……先の手紙で申し上げた通り、帰国してそのまま実家には寄らずここへ来ました。久し振りですし、少し周りを見たいのですが、外へ行きませんか?」
「……はい」
正一に提案され、小春は顔をあげるとニコリと微笑んだ。
二人は共に連れ立って外へ出ると、正一がエスコートするより先に、小春の手が正一の腕を取った。それに驚いた正一が彼女を見ると、小春は不思議そうに見上げてくる。
「どうかしましたか?」
「……い、いえ。では、参りましょうか」
いつもしていた行動。別段驚くこともない。ただ、彼女の方から腕を取りにくるとは思っていなかった。
隣を歩く小春をちらりと見下ろすと、彼女は僅かに視線を下げたまま、やはりどこか物悲しそうに歩いている。
――前の彼女は、もっと遠慮がちで何かするにも戸惑うことが多かったはず……。
一体何があったのかと、つい勘ぐってしまいたくなる。
本通りを歩いていると、源次郎が気付き声をかけてきた。
「おー、小春お嬢さん。今日はいつにも増して綺麗にしてるじゃないか」
「源次郎おじ様……」
気恥ずかしそうにする小春に、源次郎は正一と並ぶ二人を見て、笑う。
「良い御両人だ。小春お嬢さんはいい奥さんになるだろうよ」
その瞬間、小春がピクッと反応を示し、正一はそれに勘付いた。
「……あ、ありがとうございます」
はにかんだ笑みを浮かべて頭を下げた小春は、正一の腕を軽く引く。
「正一さん、行きましょう?」
「あ……はい。では、失礼します」
にこやかに手を振る源次郎を振り返ることもなく、小春は正一と共にその場を立ち去った。




