どうにもならない葛藤
勇は手にしてたほおずきを見つめながら、飛び交う蛍の光の中に立ち止まっていた。
「……」
自分の横をすり抜けていった小春の瞳に、涙が滲みかけているのに気付いた。咄嗟に腕を伸ばしかけたが、その手は小春の浴衣の袖に触れる直前に、止まった。
――呼び止めて……どうするんだよ。
彼女はもう、昔のように気やすく触れていい相手じゃない。
それは、頭の中で嫌と言うほど理解している。それでも、去り際の小春の表情を見た瞬間、酷く揺れたのも間違いじゃない。
――追えば、良かったんだろうか……。
勇は僅かに視線を下げる。
追ったら、きっと彼女は立ち止まる。もしかしたら、嬉しそうにしていたかもしれない。
だけど――できない。
「……」
勇はほおずきを懐に入れ、ゆっくりと表通りに出る。
祭りはいよいよ終盤に差し掛かっていた。通りを歩く人の姿もまばらになり、露店も店じまいを始めているところがあった。
本当はこのまま、縁日の片付けを手伝う予定だった。だが勇はその場を離れる。
楽し気に帰り道を通る人たちの声が、やけに遠い。
勇はぼんやりとしたまま道を歩き、そのまま家路に着いた。
「お帰り」
帰宅すると、一葉が声をかけてくる。しかし、勇はそれに短く「ただいま」と答え、部屋へ行こうとした。
「あら、ほおずきなんてどうしたの?」
ふと一葉が勇の懐から見えたほおずきに気付き声をかける。すると勇は一瞬動きを止め、懐に視線を落とした。
「……小春に、もらった」
そうとだけ言うと、勇は自分の部屋へ向かう。
「……」
どこか肩を落としたように見える彼の後姿を、一葉は静かに見つめていた。
***
翌日。
勇は体調不良を理由に、勘助に今日一日だけ仕事を休む旨を伝えた。
勘助も一葉も、いつもの勇と様子が違うことを気にかけ、疲れが出たんだろうと判断した。
「……」
勇は昼近くまで布団の中にいた。仰向けに寝転んだまま目元に腕を乗せ、静かに目を閉じていたが、深いため息と共に腕を外し、ゆっくりと起き上がる。
のろのろと着替えを済ませると自宅を出て、一人、昔小春に夕陽が綺麗だといって連れて行かれたあの丘に向かい、草の上に座り込んでぼんやりと海を見つめていた。
遠くで鳴る汽笛。港を離れていく船。陽の光を受けて輝く海面に、気持ちとは裏腹な抜けるような青空……。
――なんでこんな時に限って……。
少し、恨めしい。
「……」
無造作に引き抜き、しばらく指先で弄んでいた草を放り投げ、膝を抱えるようにして腕を組んだ。
昨日、帰ってから部屋の隅に置いた一輪挿しに挿したほおずきを思い出す。
『私、ね……もう、ここに……いられなくなるんだよ』
ほおずきを差し出す前の小春の言葉と、うっすらと目尻が赤らんでいた顔が浮かぶ。
勇は顔を埋めるように身を小さくし、下げた視線は足元に咲いている小花を見た。
「これで……良かったんだ、よな」
何気なく呟く言葉に、自信はない。
――俺は……小春が幸せにしてれば、それでいい。
例え隣にいるのが、自分じゃない他の誰かだとしても……。そう自分に言い聞かせる。
そうすることで、この気持ちに折り合いを付けようとそう思っていた。なのに、思い出の残るこの場所から動き出せないまま、勇は静かに海を見つめ続けていた。




