これ以上は……
「勇さん……太鼓、凄くカッコよかったよ」
垂れ下がる青葉の紅葉の影に隠れ、小春の表情がうまく見えない。
先ほどまでの元気な様子が一変、酷く落ち込んだような暗い声に勇は眉間に皺を寄せる。
「……どうしたんだよ」
勇が聞くと、小春はビクッと体を震わせるも、躊躇いがちに小さく笑ってみせた。
「ど、どうもしないよ……」
「なんか、元気ない」
「……そ、そんなこと、ない」
紅葉の枝を持ち上げて小春の近くに一歩近づくと、彼女は慌てて顔を下げた。
勇が紅葉の枝から手を放すと、まるで仕切りのように外と二人の間に垂れ下がる。
すぐ傍には子供たちのお囃子と太鼓が聞こえ、人々の雑踏や声が聞こえてきているのに、今この場は異常に静まり返っていた。
二人は互いに向かい合って立ち、沈黙を守る。
近くには小さな川が流れているのか、サラサラと流れる水音と虫の声だけがやたら大きく二人の耳に届く。
「……今日は、ずっと変だぞ」
「……私」
静かに勇が聞くと、小春は一瞬言いかけて言葉を飲み込んだ。だが、込みあがってきた感情をこれ以上抑えるのは、出来そうにない。
「ねぇ、勇さん。私ね……もう、ここに……いられなくなるんだよ」
「……っ」
揺れる瞳のまま、伏せていた顔を上げて真っすぐに勇を見る。その瞬間、勇が息を飲んだ。
「……私……っ」
小春は一歩勇の傍に歩み寄り、話そうと思った言葉を詰まらせた。
これ以上何かを話せば、抑えていたものが全て流れ出てしまいそうになる。
――今は駄目。まだ……。
決壊しそうな感情を抑え込み、心の中で必死に堪えた。その時、ふわりと小春のすぐ傍を淡い光が飛んでいく。
「……蛍」
二人は、ふわふわと飛び交うたくさんの蛍の光に、一瞬目を奪われる。
「……っ」
小春はぐっと唇を噛むと、持っていたほおずきを無言で勇の胸に押し付けた。
勇は、突然押し付けられたほおずきを見て、瞬間的に驚いたように目を見開く。だが、顔を伏せたまま押し付けてくる小春を見て、複雑な顔を浮かべる。
「……小春」
静かに声をかけると、小春の肩が微かに揺れた。同時に、ほおずきを握りしめていた手に触れられた温もりに小春は硬く目を閉じる。
二人の手に握られたほおずきに、蛍が一匹止まった。その先に滲む、小春の姿は微かに震えている。
「……綺麗、だな」
ほおずきを受け取った勇の静かな一言に、大きく心が震えた。
――お願い……もう少しだけ……。
小春は祈る思いで固く閉じていた目をゆっくり開き、震えそうになる唇を堪えて顔を上げる。
――もう少しだけでいいから……。
「……うん。綺麗、でしょ?」
「……小春」
「……やめて」
声にならない声で否定するが、うまく届かない。
――もう、呼ばないで……。
「……私……もう、帰るね」
そう言うと、小春は勇の横をすり抜けるように立ち去った。
たくさんの人通りのある道を抜け、顔を俯けたまま足早に歩く。
「……」
――私、ちゃんと笑えてた?
小春は小走り気味になりながら人目を避けて通りを歩いた。だが、完全に人の気配が無くなったのを感じると、次第に小春の歩みは遅くなる。
「……っ」
その瞬間、堪えていたものが小春の瞳から一粒、零れ落ちた。歩いていた足は完全に止まり、呼吸は浅く、短く繰り返され、喉の奥が詰まったような苦しさを感じながら、一度溢れ出た涙は、もう止められなかった。
「ふ……っ」
顔を歪め、止めどなくボロボロと大粒の涙が流れ落ちた。小春は声を堪えようとして口元を押さえ、硬く目を閉じる。
「……うっ、うぅ」
膝から力が抜け、小春はすぐそばの壁に寄りかかりながらその場に崩れ落ちる。
胸が、痛い……。
「……っ」
小春はズキズキと痛む胸元を掴み、泣き崩れた。
なにを引き替えても、全てを無くしても――ただ、自分を選んで欲しかった……。
そんなことを、勇が出来るわけがないことも、全て分かっていた。分かっているからこそ、胸を抉られるように辛い。
「あぁ……っ」
こんなに辛い想いをするくらいなら、いっそ、大嫌いになれたらいいのに……。
切ない泣き声をあげる小春の帯に刺していた風車が、そっと、乾いた音をたてて回った……。




