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春の残香 〜汽車の窓に、なごりの桜〜  作者: 陰東 紅祢
青年期編

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44/50

接近

 小春が数々のお面が並ぶ露店の前に立つと、緩い風が吹き飾ってあったたくさんの風車がカラカラと音を立てて鳴った。

 色とりどりの風車が回る姿を見つめていた小春は、すぐ傍に飾られているお面に視線を移す。


「ひょっとこに、おかめに、狐。それに……くらま天狗」


 並べられているお面の種類を読み上げると、店主はくらま天狗を指さした。


「今の人気は、やっぱりくらま天狗よ。どうだい? おひとつ」

「う~ん……。それも良いんだけど……やっぱり狐がいいかな」


 困ったようにそう言って笑うと、店主は狐の面を取って小春に差し出した。小春はそれを受け取り、巾着からお金を出そうとすると、すぐ脇から別の手が伸びた。


「まいど! ……なんだ勇。男をあげたなぁ?」

「……別に、そういうわけじゃないですよ」


 店主のニヤニヤとした笑いと言葉に小春が顔を上げれば、勇は困ったように笑っていた。


「勇さん……」

「あと、そこの風車も貰っていいですか?」

「ん? これか? これは別に売りもんじゃねぇから、どれでも好きなの持ってっていいよ」


 店主がそう言うと、勇はすぐ傍にあった勢いよく回る、赤色の綺麗な風車を一つ引き抜いて小春に差し出す。


「え……」

「……いや、なんか、見てたから」


 ぶっきらぼうな言い方だが、勇の優しさの滲んだ言葉に小春の頬に熱が集まる。

 差し出された風車をおずおずと受け取り、赤らんだ顔を隠すこともなく小春は僅かに視線を下げて微笑んだ。


「……ありがとう」

「うん……」


 二人はゆっくりお面屋の前から歩き出す。

 小春の胸は鼓動を早め、その分切なさが増していく。


 ――勘違い、したい……。


 そう思いながら隣の勇を見上げると、彼はとても静かな表情で周りを見ていた。その表情からは、勇の考えていることが読めない。それでも、小春を拒絶しているわけではなく、まるで昔に戻ったかのような変わらない距離感が温かい。


「あら、小春ちゃん。今日は勇くんと一緒なの?」


 様々な種類の下駄を売りに出している露店の女店主が、二人に気付いて声をかけてくる。


「あ……はい」

「……そうよね。二人とも凄く仲が良かったものね。良い思い出作りしてね」

「……」


 女性の言葉は、何の気のない言葉。それでも、良い思い出作りという言葉は、小春の胸に重い。ただ、小さく笑みを浮かべて頭を下げることが精いっぱいだった。

 その横で勇も軽く頭を下げるものの、表情は変わらず静かだった。


「小春、あれ」


 ふと、勇に呼び止められてそちらを振り向けば、射的の露店が目に入る。

 そう言えば昔、二人でどちらが多く商品を倒せるかを競ったことを思い出す。


「……やる?」

「いいよ」


 勇が射的屋にお金を払い、二人揃って横に並んで鉄砲を構える。

 小春が狙っているのはキャラメルの箱だった。持っている球数は五発で、何とか落とそうと奮闘するものの一向に当たらない。最後の一発がかろうじて箱を掠め、僅かに揺らすことはできたが獲得には至らなかった。


「大人になったらもっと簡単だと思ったけど、やっぱり難しい」

「……」


 自然と笑顔になって残念そうに呟く小春の横で、勇が狙うのは巾着型の和雑貨だった。

 柔らかい布地なら落とせるかもしれないと狙ってみたが、五発中二発は当たったものの、やはり獲得には至らなかった。


「……ふふ、下手だね」

「小春だって同じだろ」


 残念賞として小さな飴を二つ受け取った小春が笑いながらそう言うと、勇はムッと顔を顰める。

 昔も二人揃って何も取れなかった。それが大人になった今も変わらない。それが、小春には嬉しかった。

 お互いに貰った飴を口にしながらあちこち露店を覗いている内に、人の数が更に増えてくる。

 狭くなった通りを、人にぶつからないように気を付けながら歩いている内に、櫓の下までやってきた。


「勇ー!」


 櫓の上から近隣に住む二人よりも数個上の男性が勇に気付いて声をかけてくる。

 二人が上を見ると、男性はニコニコと手を振っていた。


「太鼓叩いてけよ!」

「え、いや、いいですよ」

「何だよ付き合い悪いぞ。せっかく祭りなんだからさぁ」


 困惑したように断る勇に小春は目を輝かせて彼を見た。


「叩かないの?」

「別に、太鼓叩く子供がいるし……」

「叩いてみればいいのに」

「……」


 勇は思わず動きが止まった。それを見逃さなかった男性と周りにいた子供たちは、勇が叩いてくれるということに期待の声を上げる。


「勇兄ちゃん! 叩いて!」


 中には一郎の姿もあり、一郎は特に勇が太鼓を叩く姿を見たがった。

 小春は勇の腕を少しだけつつくように触れ、それに気付いて振り返る。


「一郎くんも、期待してる」

「……」


 子供たちからの目を向けられては、断り切れない。

 勇は困ったように頭を掻くと、渋々ながら叩くことを了承した。

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