いずれなる自分の姿
小春はその後、丸亀城の裏手にあるかつて通った女学校の前までやってきた。
友人とはここで落ち合う約束になっている。門の入り口に植えられている桜のほとんどが葉桜になってしまっているが、まだ僅かに残る桜を見上げていると、背後から声を掛けられた。
「小春さん」
その声に振り返ると、そこには友人が二人並んで立っていた。そして驚いたことに、そのうちの一人のお腹が大きくなっている。
小春がその姿を見た瞬間、驚きと同時に少しだけ複雑な気持ちを抱いた。
「良子さん、そのお腹……」
「えぇ。もうすぐ生まれる予定なんですの」
良子と呼ばれた女性は、嬉しそうに大きくなったお腹を撫でながら頷き返した。
久し振りに会う友人の、思いがけない姿に小春は無意識に息を呑んでしまう。
「ごめんなさい、知らなくて……」
「しばらく体調が優れなくて連絡できなかったんですもの、当然ですわ」
こちらこそ、連絡できなくてごめんなさいねと良子は困ったように微笑み返してくる。
――そっか……そうだよね……。
納得してしまう自分と、戸惑う自分が心の中にいることを自覚する。
いずれ、自分も彼女と同じような立場になる。そしてその横にいるのは……。そう考えると、僅かに気持ちが沈んでしまう自分に罪悪感を抱いた。
「今日は良子さん、体調がいいみたいだから少しこの辺りを散歩しません?」
良子の隣にいたもう一人の友人――フミが笑顔でそう言うと、三人はゆっくりと歩き出した。
「今日の小春さんのお洋服も、とても素敵ね」
「正一さんからの贈り物なの?」
歩きながらフミと良子からの質問に、小春はほんの一瞬、動きを止めてしまう。だがすぐに笑顔で返した。
「……えぇ」
「素敵ねぇ……そんなお洋服を贈ってくださるなんて……」
「そう言えば女学校の頃、毎日校門のところで待っていていらっしゃったわよね」
「そうそう! あんな殿方に見染められた小春さんは、本当に幸せだと思いますわ」
フミも良子も、当時のことを懐かしみ、まるでその時代に戻ったかのように黄色い声を上げてはしゃぎ始める。その横で、小春も笑みを浮かべているものの、心は当時と同じく裏腹だった。違うのは、当時より明確に、自分の気持ちに気付いてしまったことと、これからのことを考えると揺れてしまう自分の感情だった。
「正一さんはお元気でいらっしゃるの?」
「え、えぇ。今海外にお仕事で出ていて……今年の秋には戻って来るそうです」
「まぁ! 海外! あぁ~、羨ましい。今時海外にお仕事だなんて、理想そのものではありませんの!」
「きっとより紳士的になって帰っていらっしゃるわね!」
小春本人よりも興奮気味の二人の会話は、思い描く理想の男性への感嘆が漏れる。もはや、自分のパートナーなど素知らぬ顔だった。
小春は、自分の話題で盛り上がることに少し躊躇いを感じ、話の矛先を変える。
「フ、フミさんは? お相手の方、いらっしゃるんでしょう?」
「私?」
話を振られたフミは目を丸くしたあと口を閉ざし、急にしおらしくなって頬を染め上げる。
その姿があまりにも可愛らしく見えた小春は、先ほどの二人と同じように勝手に心拍数が上がって行くのを感じた。
「どんなお相手なんですの?」
「あ……えと、私のお相手の方は……軍人なんですの」
「軍人? 階級は?」
「も、もうすぐ中尉になられるとおっしゃってましたわ」
軍人階級でも出世頭。ましてや中尉ともなれば苦労しない恵まれた状況だと言える。その話に良子も小春も気持ちが昂った。まるで自分の事のように嬉しくもなり、抑えきれずに気分が高揚してしまうのは否めない。
二人があまりに騒ぐせいか、フミの顔は真っ赤に染めあがり困っていた。
「も、もう宜しいじゃありませんの、私の話なんて……」
「いえ、フミさんからそんなお話を聞くのは初めてですもの。もう少し伺いたいですわ!」
良子の目がキラキラと輝き、やや鼻息荒くそう言えば、小春もその横でうんうんと首を縦に振った。
その後、三人はそれぞれの色恋沙汰の話に盛り上がる。しかしその中でも、小春は胸の奥にある本当の気持ちを、仲が良いこの二人に相談することさえ憚られ、ずっと胸の奥に閉じ込めていた。
――正一さんとの話が進んでいるのに、勇さんのことなんて言えない……。
楽しく過ごす裏腹、小春の本心が静かに心の奥に落ちていくのを感じていた。
「……あ、いたた」
ふと、良子がお腹を押さえて顔を顰め、身を屈める。
「た、大変! どこか座れる場所は……」
突然のことで小春とフミは慌てたように辺りを見回した。するとすぐそばにある小さな公園のベンチが見え、三人はそちらに移動する。
フミが良子を支え、小春は持っていたハンカチをベンチに敷いて、その上に良子を座らせた。
「大丈夫ですの?」
「ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎちゃったみたい」
しばらく張っていたお腹を摩りながら、良子が困ったように笑った。その瞬間、良子が再び短く「あ」と声を上げ、小春たちは一層心配な顔を向ける。
「動いた」
「え? 分かるんですか?」
小春が驚いたようにそう言うと、良子はにっこりと笑いながら頷き返した。
「ちょっと、手を貸して下さる?」
「え? えぇ……」
良子は小春の手を取ると、その手を自分の腹に軽く押し当てさせた。しばらくすると、ぽこん、と腹を蹴る赤子の動きが振動となって小春の手に伝わってくる。
「あ……」
驚いて瞬間的に手を引っ込めてしまった小春に、良子は目尻を緩めた。
「次は小春さんの番かしらね」
「……」
小春はすぐに返答できず、小さな衝撃が残る手を軽く握りしめた。
先ほど想像しかけてやめた、将来の自分の姿が再び頭の中に思い描かれる。大きなお腹を抱えて微笑む自分の隣に、当然のように立っているのはきっと……正一。けれど、その思い描いた未来には、まだ実感も期待も薄かった。
――どうして、こうなんだろう……。
温かいはずの未来なのに、ピースの欠けたパズルのような足りなさを感じる。
小春は握りしめていた手に、僅かに力を込めた。




