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春の残香 〜汽車の窓に、なごりの桜〜  作者: 陰東 紅祢
青年期編

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報告と紹介

 丸亀の駅に到着した勇は、駅を降りて周りを見回す。駅前では人力車や蒸気自動車が行き交っていた。

 勇は懐中時計に目を落とし、清との待ち合わせ場所に向かって足を踏み出す。


 駅から南に向かって大通りを進むと、待ち合わせしている一軒の喫茶店が出てくる。多度津にある喫茶店よりも店舗は大きく、こじゃれていた。


「お! 来た来た! 勇! こっちこっち」


 店に入ると、待ちかねていたのだろう。いち早く先に来ていた清が手を挙げて勇を呼んだ。

 勇が彼の近くまで行くと、見慣れない女性が一人いることに気が付く。女性は勇を見ると、小さく微笑んで頭を軽く下げてくる。勇はそれに誘われるように同じく頭を下げた。


「こっちに座れよ」


 見知らぬ女性の隣には、昔から顔馴染みのある女性――立花静子が座っている。清はその静子の真向かいに座り、勇は清の横に案内された。


「よく来てくれたな」

「そりゃそうだろ。呼ばれたのに来ないやつなんかいない」


 隣に腰を下ろした勇の肩をぽんぽんと叩き、清は昔と変わらない笑みを浮かべた。

 そのすぐ後に給仕の女性が注文を取りに来ると、勇は慣れた様子でコーヒーを頼んだ。そこで改まった様子で清が軽く咳払いをする。


「実はな、手紙でも話したと思うんだが、俺、大阪に行く事になったんだ」

「らしいな。仕事で?」

「おう。新聞記者として見込みありだと言われてな。昔から大きな街で色んな記事を書きたいと思ってたから、念願叶った」


 昔から突拍子もないことをしでかす清だったが、彼は活字を読んだり書いたりするのが好きだった。

 それが高じて新聞記者の道筋が立ったのは、なるべくしてなったと言ってもいい。

 夢が叶ったという清に対し、勇も晴れ晴れとした気持だった。


「あ~、あと……大阪に行くに当たって、その……静子を嫁にもらうことにしたんだ」


 照れくさそうに笑う清に、静子もどこか気恥ずかしそうにしながら頬を染める。

 二人は誰が見ても幸せそうで、勇も顔見知り同士の結婚に対し、驚きと共に素直に喜ばしいことだと思い、笑みを浮かべた。


「良かったじゃないか。おめでとう」

「ありがとう! このことは、勇にも直接会って話をしておきたくてさ」

「そうか。わざわざありがとう」

 

 勇も、なんとなく考えていた予想が当たったことに笑みが滲んだ。

 給仕が運んできたコーヒーに、少しの砂糖を入れてスプーンで混ぜながら、勇は話をすすめる。


「大阪へ立つ詳しい日取りはいつなんだ?」

「一週間後だ。五月始めには静子と一緒に大阪に向かう」


 一緒に。

 その言葉に、勇は一瞬動きを止めてしまう。だがすぐにスプーンを皿に置き、何事もなかったように笑みを浮かべた。



「そうか……。寂しくなるな」

「他の奴らも、東京へ行ったりしてるからな。お前は多度津から出ないのか?」

「……そう、だな。出る予定はないよ。今後仕事で出ることは、あるかもしれないけど」


 多度津を出る。それは考えたことがなかった。

 あの町のあの駅で、自分は今後もやっていく。幼い頃にそう決めて、それが現実的に叶おうとしている。それでも、それだけじゃないことを勇の胸にはひっかかっていた。

 

 ――小春が……。


 心の中で小春の名を呼び、しかしすぐにそれを打ち消す。

 勇の表情が僅かに陰ったのを見逃さなかった清は、彼の肩に手を置いた。


「……なぁ、勇。お前さ、縁談いくつか来てるの、全部断ってばっかだって聞いたぞ」

「……まぁ」


 勇は曖昧に言葉をはぐらかそうとした。

 そう言う話はどうにも苦手だった。正直あまり触れられたくない話題かもしれない。

 コーヒーに映る自分の姿を見つめながら、勇は居心地が悪そうにする。


「な。そこでだ。静子の友達を紹介しようと思ってな」

「え?」


 勇が僅かに顔を上げると、それまで黙っていた静子がまるで「待ってました」と言わんばかりに口を開く。


「彼女ね、山本初さんて言うの。私たちと同じ歳よ」


 静子が初の肩に手を当てて紹介すると、初は柔らかな笑みを浮かべて改めて頭を下げてくる。


「初めまして。勇さんのお話はお二人から聞いてます」

「……あ、はい。どうも」


 勇も僅かに笑みを作り、たどたどしく答えながら小さく頭を下げた。

 二人の様子を見た清は、静子に何事か耳打ちするとおもむろに席を立ちあがった。驚いたように勇が清を見ると、彼はにんまり笑っている。


「俺たち、あっちの席に移動するから、話だけでもしてみろよ。な?」

「え!? ちょっ……」


 勇が戸惑い、清たちを呼び止めようとしたが、二人はこちらのことなどお構いなくさっさと別の席に移動してしまう。

 成すすべなく強制的に二人きりにされた勇は、その場に固まってしまった。


 ――気まずい……。


 突然の出来事に勇は初から僅かに視線をそらす。すると、初の方から声を掛けられた。

 

「勇さん、駅員さんなんですってね」

「あぁ、はい。まだ、見習いですが……」

「将来は有望ですね」

「どうでしょうか……」


 何とか愛想よく受け答えはするものの、答える言葉はどれも曖昧で上の空だった。

 その後も、いくつか言葉のやり取りをしたのだが、どんな話をしたのか覚えていない。

 別段、初に嫌な部分があるわけではない。むしろ気立てよく、明るくて、気の付く良い女性なのは確かだった。だが、勇にとってはどれも「それだけ」であって「それ以上」を考える余地はない。

 ただ漠然と、彼女の所作一つ、言葉一つ、どれを取っても何かが違うと感じていた。

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