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春の残香 〜汽車の窓に、なごりの桜〜  作者: 陰東 紅祢
思春期編

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26/58

自覚なき逢引

 波の音が心地よい。海風は涼しく、体感温度を下げてくれる。

 波打ち際の水音を聞きながら、勇は僅かに下げた視線をそのままに、多度津港の砂浜を歩いた。

 遠くで船の汽笛が鳴り、その音に誘われるように足を止めてそちらに目を向ける。開けた視界の先には瀬戸内に浮かぶ高見島が遠く見え、多度津港から出港した大型船が港を離れ去っていく姿も小さくある。


「……」


 勇はふっとその船から視線を逸らすと、再び砂浜を歩き出す。


 ――どこに行こうとしてるんだっけな……。


 特に何も考えずに出てきたが、港を歩いている内に頭は冷静さを取り戻してきていた。

 このまま戻ってもいいが、今はまだそんな気分じゃない。もう少し先まで歩くつもりで歩を進めていると、ふと、視線の先に見覚えのある場所が出てきた。

 海の景色が素晴らしいと、小春と久し振りに再会した最初の時に来た丘。そしてそこに、一人で立って海を見ている人物の姿を捉えて、勇は驚いたように目を見開き、足が止まった。


「……小春」


 無意識に口を突いて出た小春の名前に、勇の止まっていた足が無意識にそちらに向かって動き出す。

 砂浜を離れ、丘へと続く坂道を踏みしめる。

 ふと、そんな勇の姿に気付いた小春もまた、驚いたような表情を向けてきた。


「……勇さん」

「……」


 坂を上ってきた勇に、小春は声をかける。が、勇は言葉に詰まってしまう。小春を見つけてここまで来たのに、突然気まずい気分になり視線を下げた。

 何を話せばいいのか分からない。頭の中が真っ白になって、言葉すら無意識に選んでしまう。

 何かを言いかけては、言葉を呑み込む。


「……何、してたんだ?」


 視線をそらして、ぶっきらぼうながらやっと出た言葉に、勇は少し安堵した。

 訊ねられた小春は、視線を僅かに下げながら困ったように小さく微笑む。


「……海、見てたの」

「……そうか」


 その直後、二人の間に沈黙が落ちる。

 吹く風は柔らかく、二人を包み込んで流れていく。


「勇さんは?」


 僅かな時間を置いて小春が訊ねると、勇は瞬間的に戸惑った様子を見せた。小春から視線をそらしたまま、後ろ頭を掻き頭の中では言葉を探している。


「……海、見たかったのかも」


 その言葉に、小春は思わず笑ってしまった。


「それ、さっき私が言った言葉」

「……」


 くすくすと笑う小春に、勇はバツが悪そうな顔を浮かべる。

 小春はひとしきり笑った後、夕日の沈みかけた海へ視線を向け、風に煽られて乱れる髪を静かに耳に掛けた。勇は、小春のその仕草を、ぼんやりと見ていた。


「……綺麗、でしょ?」

「え?」


 ふいに問いかけられ、我に返った勇は言葉に戸惑った。すると小春はまたも笑いだす。


「二回目」

「な、なんだよ……」

「夕日の話」


 このやり取りも、以前と全く同じ。

 勇は小春に笑われ、以前ここで交わした言葉のやり取りを思い出し「あ」と短く呟いた。そしてバツが悪そうに顔を顰め、少し怒ったような顔を浮かべる勇に、小春は僅かに目を細め表情を曇らせた。


 ――そういうんじゃない……。


 小春は寂しそうに勇から視線を外し、少し話の矛先を変えた。


「……久し振りだね」

「……そうだな」

「近くにいるのにね」

「……そうだな」


 何の気なく答える勇に、小春は堪らず眉間に皺を寄せる。


「勇さん、何も言わないね」

「……え?」


 そう問われて、勇は面食らってしまう。

 小春の言っている言葉の意味がよく分からない。

 

「……何でもない」


 小春は少しいじけたように口を僅かに尖らせて顔をそらすと、勇は再び「あ」と声を上げた。それに対し小春が勇を見た。


「それ、前も言ってた」


 その言葉に、小春の胸が小さく鳴る。

 僅かに視線を下げ、上目遣いにちらりと勇を見た。


「……そうだっけ?」

「うん、言ってた」


 たったそれだけのことなのに、小春の胸はほんの少し温もりを感じた。

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