残ってる
小春は、正一と共に喫茶店を出る。
町全体が夕日で赤く染まり、歩く人々の姿もまばらになってきていた。
「ご自宅までお送りします」
「ありがとうございます」
正一はいつも通り、小春をエスコートして彼女の家までの道のりを歩く。そんな二人を、後ろから十歳くらいの男の子と女の子が、楽しそうに声を上げながら駆け抜けて行った。
二人は仲良く手を繋いで、ほんの少し男の子が先を走って……。
「……」
その姿を見た瞬間、小春は昔の自分と勇の姿が重なって見え、気付かない内に哀愁を漂わせて見つめてしまう。
――いつから、変わっちゃったんだっけ……。
ぼんやりとそんなことを考えてしまう。
駆け抜けた子供たちは、道の先に立っていたそれぞれの親と合流して手を取り、「またね!」と言葉を交わして手を振り、帰宅していく。
――あの子たち、いいな……。
無意識に、小春はそう思った。
「小春さん」
声を掛けられ、そちらを振り返るといつの間にか小春は自宅の前に立っていた。
心ここにあらずな小春を、正一は気付いていた。だが、責めることもなく静かに見つめて微笑む。
「……では、また」
「……はい」
正一は小春の肩に軽く手を触れ、この日の最終便になる汽車に乗るため駅に向かって歩き出した。
小春はそんな彼を姿が見えなくなるまで見送り、一人になったことを見計らったように息を吐く。
――正一さんは安心するけど、少し、疲れちゃったな……。
僅かに視線を落とし、小春は家へと戻る。弥七たちに声をかけ、部屋に入った小春は先ほど見た勇の姿を思い出す。
差し出された大きな手。それは迷うことなく、目の前にいる子供の頭を撫でていた。そして、かつて自分はその手に引かれていたことも……。その時の温もりが、不思議とまだ思い出せる。そして、先ほどの彼の自然にこぼれ出る笑顔。それを思い出すと、胸の奥が締め付けるほどに切ない。
「……」
小春は無意識に自分の手を見つめ、そっと指先を握りしめながら瞼を伏せた。
「……私にも、笑ってくれないかな」
独り言のように静かに、小春の唇から言葉がこぼれた。
****
帰宅の汽車に揺られながら窓枠に肘をつき、遠くなっていく多度津の風景を見つめる正一は目を細める。
小春が自分とは別の方向を向いている。それは、前から分かっていた。でも、それが一体誰に向けられているのかを知るには、あまりにも彼女を知らなさ過ぎだとずっと感じていた。
心を縫い留めておきたくて、足しげく家に通い小春との時間づくりに余念がなかったのも、彼女のことを知りたかったからだ。
だが……。
――必死になればなる程、手応えが感じにくくなっていく。
正一は外の景色を眺めたまま、深いため息を吐いた。
家のため、自分のため、そして何より小春の両親のため、自分は小春と一緒になる。彼女も、最初のプロポーズを真摯に受け止めてくれていることは分かっていた。
「僕に、何か足りないものがあるんだろうか……」
完全に振り向かせるために、自分には何が足りないのかが分からない。
その時思い出したのは、先ほど見かけた勇の姿だった。
彼の全貌を見たわけではなかったが、ほんの一瞬見かけた勇に感じたのは「どこにでもいる普通の男性」だという事だった。
――そう言えば、彼は気付くといつも近くにいたような……。
今思い返すと、小春を迎えに行った先にいつも出会わせていたような気がする。その度に、彼は物陰に隠れたりしていた。これまであまり気に留めたこともなかったが、今は彼自身に悪い印象はない。
「……話してみたら、何か分かることがあるのかもしれない」
小春が心動かされる何かを、自分が分からない何かを彼は持っている。
そう思うと、彼に興味が湧いた。




