揺れる想い
小春は、正一と共に港にやってきていた。
鼻先を掠める潮の香と潮騒の音を聞きながら、海の傍を歩いていると、時折吹く強い海風に小春は帽子とスカートを咄嗟に押さえる。正一はすかさず小春の傍に寄り添った。
「大丈夫ですか?」
「はい」
「結構、海風が強いんですね」
正一は眩しそうに目を細めて、堤防の先へ視線を向ける。
岡山でも中心街に近い場所で生まれ育った正一には、港の景色は少し珍しいものだった。
「いつもはここまで強く吹かないんですよ。波も穏やかで……」
「春一番、ですかね」
「そうですね」
「いや、しかし風が強すぎる。いくら日差しが温かくても、風に当たり続ければ体も冷えるでしょう。別の場所へ行きましょうか」
体を気遣う正一に、小春はやんわりと微笑んだ。
そんな小春の背後の先に視線を向けた正一は、港から少し離れた場所にある高台を指さした。
「あそこに行ってみませんか? 眺めも良さそうだ」
「……」
小春は彼の指先に誘われるように視線を向けると、そこはつい昨日、勇と夕陽を見た場所だった。
一瞬、小春は返事を躊躇ってしまう。
「小春さん?」
「……あ、いえ。そうですね」
ぎこちなく、しかしそれとなく微笑み返すと、正一は小春に手を差し伸べてきた。
――男性からのエスコートは、丁寧に受けること。
女学校で教わったことを頭の中で呟き、差し伸べられた手にそっと手を添えると、正一はその手を軽く握り返し高台へと向かって手を引いて歩き出す。
坂道を登りながら、小春は繋いでいる手を見つめ視線を僅かに曇らせた。
――こうして手を繋いで、引っ張ってくれてたのはいつも勇だった……。
小春は昨日二人で立った場所へ視線を上げる。
――勇、何にも言ってくれなかったな……。
思い出しただけで胸が辛くなる。その瞬間、繋いでいる正一の手にふいに僅かな力が籠り、小春は現実に引き戻される。
勇と繋いでいた時は、同じくらいの手の大きさだった。だが、今握られている正一の手は、小春の小さな手を包み込む温かくて大きな手。その手を見つめていると、少し前のことを思い出す。
『小春さん。あなたが女学校を卒業したら、僕の所へ嫁いで来てほしいと思っています』
正一の照れたような笑みと、どこか遠慮がちで、しかし真っすぐな言葉が思い出された。
小春はぎゅっと下唇を噛む。
――その優しさがズルい。
そう思いながら目を閉じると、瞼の裏に浮かぶのはいつも勇の姿だった。
胸の前でぎゅっと手を握ると同時に、高台の上へ登り着いた正一が声を上げる。
「見てください、小春さん。素晴らしい眺めですよ」
小春は正一の隣に並び、海へと視線を巡らせる。
二人は静かにその場で景色を眺めていると、正一は隣にいる小春に視線を移し、目を細めた。
「……綺麗ですね」
「え?」
驚いたように振り返ると、正一は海へと視線を戻し小さく笑みを浮かべながら答える。
「景色の話ですよ」
「……」
小春は、その言葉に一瞬言葉を呑んだ。
ぎこちなく視線を海の方へ戻しながら、しかし僅かにその目線は坂道の途中に咲いている花に向いた。




