ライバル登場!?
代官との協力を取り付けてから十日ばかり経過。
俺の手元に一枚の紙が届いた。
「なになになにが届いたの?それって本当に山田宛?
そんな知り合い一人もいないでしょ?」
代官の使いを名乗る男から軒先でそれを受け取って、
家の中に戻ると子犬みたいにアリスがくるくるとまとわり付いて詮索をはじめる。
「なんかしれっと失礼な言葉があったけど、怒るのも面倒なので聞き流すよ。」
麻の紐の封を解いて、丸められた紙を破かないように慎重に展開する。
するとすぐに黒い文字の洪水が目の中に飛び込む。
「えっと…」
背伸びをして後ろから覗き込んでいたアリスの目がシジミみたいに変わる。
「契約書には読む気が失せる強力な魔法がどの世界にもかけられているみたいだな。」
本来は一言一句見逃してはいけないものなのに、見ただけで脳の体力ケージが一瞬で空になるのだから恐ろしい。
「それじゃあつまり!」
彼女と目が合って俺は頷く。
「これが記念すべき第一号の保険の契約書になる。」
両腕をピーンと伸ばして、卒業証書を受け取る学生みたいな格好をとる。
背筋も同じくキレイなもんだ。
「そっか。
こそこそ昼間に出かけてみたり、紙といつまでもにらめっこしていた甲斐があったんだね。」
アリスは目元に手をあて、さながらそれを観覧している保護者のような振る舞いをとる。
ちなみにコソコソと彼女は言うが、代官に会いに行ってただけだ。
「といってもこの契約はプレセールみたいなもので本番はまだまだ先になる。」
契約書のサインを確認してから再び筒状へと紙を巻き戻す。
「プレ?
それってどういう意味?」
アリスがう〜ん。と首をひねる。
「俺達はまだ商人特権を持っていないだろ?
だから契約をたくさん取り付けたとしてもそれらは全部無効になってしまうんだ。」
「あ〜ぁ!
ん?」
「だからこの契約書を市長の所に持ち込んで、特権の認可を受け取る必要がある。」
ここは少し補足すると、特権を申請する際には取引の実態を市長に証明する必要があるらしくアイデアだけでは駄目らしい。
そこで俺は代官と結託して、裏工作でこの契約書を準備することにしたのだ。
だから厳密に言うと保険はまだ一つも売れていない。
「市長を金融庁に見立てるなら、ユースアンドファイルをさらに緩和した仕組みに似ているかもね。」
「火にあぶられたような顔をしているけど大丈夫?」
トラウマが蘇って自分の顔をアリスが心配そうに覗き込む。
「とにかく喜ぶにはまだ早い。そういう話だよ。」
現実の鉱夫達は保険を受け入れてくれるのか?
砂糖の債務が返済出来るほどたくさん売れるのか?
ハッピエンドを迎えるにはその後にもいくつものハードルが続く。
「それでなんだけど、市長と会う時はその賄賂みたいなものを準備する必要ってあるのかな?
代官には金銭的なメリットを提示できたけど今回はその準備がないんだよね。」
時代劇でよく見る越後屋の悪巧みを想像する。
小市民の自分にはそんな経験は当然にないのでこういう時どんな風に立ち回ればいいのかよく分からない。
「そんなの全然知らないよ。
特権なんて私が生まれてから一つも許可されていないはずだし。」
小市民なのはアリスも同じか。
「だったら出たとこ勝負をやるしかないな。」
「えー?
するとまた山田の口八丁に頼るわけ?
焦ってまた勝手に変なこと約束したりしないでよ?」
アンニュイな表情をアリスは浮かべているが、裸一貫でこっちもやっているのだから仕方ない。
「よし!という訳でさっそく市長が住んでいる家に案内してくれないか?」
俺は契約書をズボンの後ろポケットに差し込んで上着を羽織る。
「はあ!?今から行くの?市長のところに!?」
信じらんないという表情をしているアリスに俺はうんと応じる。
「というのもさっき契約書を届けてくれた人に言われたんだけど、
市長とのアポイントを取り付けたから、さっそく今から面談しないといけないんだ。」
「...。
男っていつもそんな感じで過ごしているわけ?
もっと事前にあれこれ相談するものだと思うけど…」
市長が暮らしている邸宅は街の中心部に構えられていた。
その四方は背丈ほどある壁で囲まれており、近くまで行ってジャンプでもしない限り中の様子は窺えない。
二人はその壁の切れ目、つまりは入口なんだけど、それを求めて壁伝いに歩く。
「人が立っているね。」
左折したタイミングでアリスが耳打ちする。
「守衛の人じゃないのか?お金持ちの家なんだし。」
「それなら門の前に立っているもんなんじゃないの?
雰囲気もなんだか怪しい。」
彼女の言う通りでその男が立っている位置は門からは絶妙に遠かった。
おまけに意味深な雰囲気で腕を組んで壁に背中を預けている。
服装は暑いのにも関わらず足の丈にまで迫る黒のロングコート。少なくとも屋敷の関係者ではなさそうだ。
「どうしよう?反対から回り込むのも二度手間だしな。」
一歩、また一歩。
考えあぐねている間にも男との距離が徐々に縮まる。
気負いする必要なんてないはずなのに妙に緊張する。
そういう時は意味もなくスマホを取り出して、黒い画面でも凝視してやり過ごすものなのだが、生憎それも今は出来ない。
…あれ?
これってあるあるネタだよね?
「待ちなよ。」
あと少しで横切れる。そのタイミングで男がこちらに話しかけてきた。
「は、はい?なにか用事でも?」
年齢はたぶん俺と同じくらい。この街の住人には珍しく整髪料みたいなもので前髪をアップにしている。
「用事か。
あるといえばあると言えるし、ないと否定してみたらないのかもしれない。」
やけに芝居かかった言い回し。几帳面に整えられた細い眉。
こだわりを感じさせる横の刈り上げ。もしかしたらこの人ナルシスト関係の方だな。
「市長に会いたくてここに来たんだろ?
安心してくれ。そんなに多くの時間はとったりしないから。」
弾みをつけてから男の体が壁から離れる。
「あれ?もしかして貴方は代官殿のお知り合い?」
どうやら俺達がここに来た理由を彼は知っているらしい。
するとその関係者なのか?
「そうじゃない。
ただボクは耳がすごく良くてね。」
「耳…ですか。」
要領の得ない返事に困惑している俺なんて無視して、男は羽織っているコートのボタンを上から順番に外していく。
「なにかイベントが起きそうな時にはいつもこうして自分から出向くようにしているんだ。
面白いことは見逃せないだろ?」
イベントというのは俺と市長の面談を指しているのだろう。
どこでそれを聞きつけたのかは分からないが、つまりは野次馬という理解でいいのだろうか?
「そうですか。
それじゃ俺達はこの辺で失礼しますね。」
「こらこら話はまだ終わっていないぞ!」
男の横をすり抜けようとした時、そいつは自分が着ていたコートの襟を両手で掴むとコウモリが羽を広げたみたいにバッと全開にする。
一昔前の露出狂かよ。
「え…嘘でしょ。」
横にいたアリスが絶句する。
流石にコートの中身が男の全裸だったわけではない。
ただテカテカの真っ黄色で、乳首が露出するくらい切れ込みの入ったサテンシャツが目の前に開陳されたのだ。
「驚いたかい?見事な金色だろ?
普通シルクはこれほど濃くこの色で染まったりはしないんだ。」
驚いているのはそこではなく、そのいかれたファッションセンスだと思う。
あと彼にはこれが金色に見えているらしい。
「さっきからあんた一体なんなんだ?
用事があるわけでもないのに無駄に絡んできて。」
配慮する相手ではもはやないと判断して、俺は少し声を荒らげながらその不審者に抗議する。
野次馬なら野次馬らしく傍観に徹するべきであろう。
「お、怒らせたのなら謝るよ。
ただ僕は君とおしゃべりがしたいだけなんだ。」
なんじゃこいつ。
「新しく商人になろうとしている人間がどういう人物なのか、
関心を抱くのはそれほど不思議なことでもないだろ?」
「それは分からなくもないけれど。」
釈明のようなものを聞かされると俺も怒りを維持できない。
というかこの男と話していると、暖簾に腕押しというか、真剣に向き合うこと自体がなんだか馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「あと先輩商人としてなにかアドバイスが出来るかもと思ったんだ。」
「するとあなたは商人なんですか?」
「うん。ろうそくを扱っている。」
おかしな人物ではあるが、これから長い付き合いになるかもしれない相手を邪険にするのは良くないだろう。
俺は態度を改めて簡単な自己紹介をお互いに交わした。
「ろうそく商をやっているのなら、ハニガムはけっこうなお金持ちなんだな。」
「いいね〜山田くん。魅せてくれるじゃないか!
どうしてろうそくという情報だけで僕をリッチだと判断したんだい?」
彼は嬉しそうな様子でウィンクしながら俺にポーズをとった。
図らずもそれは一発ギャグの『ゲッツ!』そのものだった。
黄色の衣装でその組み合わせは…
「暗い坑道の中で活動する時にろうそくは必需品だからだよ。
鉱夫が銀を掘っている間はそれが燃えているわけだから消費も旺盛だ。
そしてこの街では銀山がマネーの源泉だから、その内部で立場の強い人間にはお金が集まる。」
本来ろうそくを仕入れて売るだけのビジネスに儲けはあまりなかったはずだ。
というのも小売業は参入障壁が低く競争が激しいので利益が圧迫されやすい。ただこの街には競争が存在しない。
「マネーの源泉って面白い表現をするんだね。
僕はただ引き継いだ家業を守っているだけで、そんな風に自分の商売を考えたことがなかった。」
どうやら商人特権は子孫へと相続されていくものらしい。
思うところがあるのかアリスは眉をしかめている。
「そんな君が売ろうとしている保険というものも立場の強いものになるのかな?」
「そ、それを目指してはいるよ。」
どうやら彼は保険という単語もリサーチ済みらしい。
耳がいいと本人も言っていたが、これらは一応極秘に進めていることなので、情報管理において由々しき事態だ。
「保険の仕組みはどこまでご存知で?」
「鉱夫からお金を事前に集めて必要なものがあれば君が代理でそれを支払う。
そんな感じに理解した。」
漏洩しまくりだろ!と心の中で毒づく。
「それで御商売の先達として私達のやり方は上手くいくとお思いですか?」
丁寧すぎて逆にトゲのある口調でアリスが尋ねる。
「懐に入るお金が先に決まっているというのが味噌なんだろうねー。
というのもそれが君達の支払い能力になるわけだろ?」
「そうですね。」
「集めるところまではいいけれど、足りる保証がどこにもない。
商品を安く仕入れるところに工夫の余地があるとは思うけど…」
ハニガムは人差し指をたてて宙でくるくると廻す。
「ボクに言わせるとそれは少し稚拙というか、無謀というか、賭け事に近いものだと感じたな。」
賭け事。代官にも似たようなことをそういえば言われた。
「そんな不確実なものと同じにしないで下さい。
そうならないように山田が頭を使ってちゃんと計算したんだから。」
がしりと、アリスが俺の脳天を鷲掴みしながら抗議する。
「そうだー!そうだー!」
便乗して俺も抗議してみるがふと考え直す。
保険とギャンブル。
どちらも確率が支配する世界で、保険は不幸に直面した人にお金を渡すがギャンブルは幸運を掴んだ人にお金を支払う。
イメージも作用も見事に相反しあうこの二つだが、彼の言う通りで流れている血は同じものなのかもしれない。
「確かに似ている部分は多いかもしれない。
でもそれは使い道の問題で俺が作った保険は困った人を助ける為のものだ。
そしてそれを作るのに無責任なことなんてしていない。」
急に真剣な口調で言ったもんだから、ハニガムは「そ、それはよかった」と目を白黒させている。
「とにかく君達のビジネスには確かな勝機というものがあるんだね。
その熱意だけは充分僕に伝わった。」
全開になっていたコートのボタンを彼は上から順番に閉じていく。
「おめでとう。合格だ。」
おもむろに彼はぱちぱちと俺達に拍手を送り始めた。
「え、合格?」
思いもよらない言葉を急に聞かされて頭が真っ白になる。
ただ合格という言葉だけがじわじわと頭の中で何度も反響して、それを起点に思考があれこれ展開されていく。
「それってつまり、貴方の本当の正体は…」
この男との出会い、今まで交わした会話、なぜか詳しい保険の仕組み、そして合格という賛辞。
おかしなことの連続だったが、しかしそう仮定すると今までの違和感全てにうまく説明がつく。
まさかこんなにも粋な展開が待っているとは…
良かった!無視なんかせずに彼と会話して!!!
「ハニガムさん。
あなたがこの街の市長だったんですね。」
「ん?
いや、僕はろうそく商だけど?
さっきも言わなかった?」
こいつもうここで殺してしまおうか。
ならその拍手と合格はなんなんだよ。
「でも確かにその熱意があれば、市長との面談も上手くいくこと間違いなしだ。
次は同じ商人として倉庫街で会えるかもしれないね。」
「…。」
「それではごきげよう。」
白い歯をのぞかせて、彼はそう言い残すと俺の殺意なんてどこ吹く風。
踵を返してカツカツとどこかに向かって歩き始めた。
「絵に描いたようなボンボンの自由人って感じだね。」
遠くなる背中を見送り、いや、睨みつけながらアリスがつぶやく。
「そんな枠で収まるもんか。
あれは災厄に等しい。」
「でも良かったじゃん。
山田より変な服を着ている人がこの街にいて。」
「え?俺の服ってあの人とどっこいなの?
冗談だよね?」
今度アリスに服の見立てをお願いしようか。
俺にとってこのスーツは日本を肌身で感じられるいわば残り香だったのだが、あれと比較されるのなら衣替えを真剣に検討する。
ちなみにこの後、本物の市長と面談をしたのだが話は驚くほどスムーズに進展していき、
喉から手が出るほど切望していた商人特権はあっさり認可される運びとなった。
そのスピード認可に違和感を覚えてそれとなく市長にそのワケを尋ねてみると、どうも代官が裏で手を回していたらしい。
やはり持つべき友は権力者ということか。




