銀山での交渉
「山肌のあちこちに穴があいていて文字通り食いつくされているな。」
目の前にそびえ立つ赤褐色の岩山を見て抱いた感想を俺は口にする。
人々の銀に対する欲望がこの山を蜂の巣のような姿に変えてしまった。
本来は木々の緑がそれをある程度覆い隠してくれるものなのだが、この荒野ではそれが乏しくグロテスクにも穴はむき出しのままである。
「露天掘りは既にやりつくされているからね。
坑道を掘らないと原石も採れなくなっているみたい。」
「ここにはよく来るのか?」
「ううん。
街から軽食なんかを届ける仕事の人がいるけど私はその担当じゃない。」
山の麓まで歩いていくと、そこには斜面も含めて沢山のテントがふじつぼみたいに張り付いていた。
一見各々が好きな場所に設営して出来たテントの集合体だが、
幼稚園児がひいた直線のようなぐにゃぐにゃの道が一本だけ存在しており、目でそれをたどっていくと巨大な坑道へと突き当たる。
そいつは天然の洞窟を転用したものらしく、入口の天井は高くて幅もあり、木材などによる補強も施されていない。
「どこに行くの?」
アリスに手を掴まれ俺はハッとする。
どうやら無意識にその坑道に向かって歩いていたらしい。
太陽の光を寄せ付けてこなかったその闇に吸い込まれでもしていたのか…
「鉱山の代官に会いたくて来たんでしょ?
それならあそこに見える黒テントだよ。」
アリスが指差すポイントに目をやると、カップケーキみたいな形のテントが視認できた。
鉱夫達が使っているものは立ち上がれば頭が飛び出す背の低いものばかりだが、
代官のテントは巨大で、サーカス団が人を十人くらい呼び込めるくらいの高さと広さがある。
加えてどこかの家の紋章なのか、テントのてっぺんにはカラフルな旗が風でたなびいていた。
「名前はクリープ。
王様の代理という立場でここを管理している偉い人なんだから、失礼な言葉遣いはとらないでよ。
じゃないと山田が欲しがっているデータなんて絶対に手に入んないんだから。」
鉱夫たちの仮住まいを縫うように進んで件の場所に到着する。
「あー、面会の予約を取り付けていた山田です。
クリープ様はご在中でしょうか?」
出入口となる垂れ幕に向かって俺は声を張る。
事前にウルク君に便宜的なものをお願いしておいたのだが、うまく話は通っているのだろうか?
飛び込み営業なんて目じゃないくらい緊張する。
「クリープ様は職務中だぞ。
消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな。」
入口の前で深呼吸をしていたら、190センチ近くある大男が幕を開いて出てきた。
きれいに剃り上けた禿頭。
上半身には何も身に着けておらず露出した肌はまっ黒。
体つきは鍛え上げられた筋肉の上に厚い脂肪をのせていて、
怠惰というよりは敵からの打撃に耐えられるように、意図的に作り上げられたもの。という印象を抱く。
腰にはチャンピオンベルトみたいな金ピカを巻き付けており、白い短パンを穿いている。
分かりやすい暴力の威嚇から察するに、この男の職務は用心棒の類だろう。
だとしてもいきなりぶっ飛ばすのはどうかと思う。
「通してやれ。
客人ほど立派なものではないが、筋を通すだけの礼節はある。」
揺れている入り口の垂れ幕からチラリズムしているのは壮年の男。
背の高いラタンチェアに腰掛けて、執務机に書類を並べ事務作業をしている。
「失礼します。」
平身低頭をキープしつつ適当な距離になるまで彼に近づく。
アリスを横目で確認したが平伏の必要はないらしい。
「あー私、山田と申す者なのですが、今日はですね、
大変不躾ながらクリープ様がですね、保管しているであろう情報をですね、商人の特権をかくとく」
「分かっている。紹介状は読んだ。
少し待ってろ。」
営業スマイルを浮かべてごますりをズリズリしていたら、左手を挙げで制されてしまった。
礼節がどうとか言っていたし第一印象は悪くないと考えていいのだろうか?
待ち時間にそんなことをあれこれ思案していたら、テントの垂れ幕が突然全開にされて薄暗い室内に強烈な光が差し込む。
「クリープ。あんたが寄越した借区だが一ヶ月としない内に水が湧いてきたぞ。
この始末どう処理するつもりなんだ?」
クリープ様に不遜な態度を働く闖入者は、俺なんて目もくれずにぐんぐん前へと歩み寄って、
机に両手をかけて文句を浴びせ始めた。
あんたはサラリーマン金太郎か!
「おい!口を慎め。」
強面のボディーガードもそれには黙っていない。
肩をいからせて男の背後をとる。
「ケナンか。お前に割り当てていた区は上質な鉱脈で成績も良かったはずだろ?
それなのに交換を申し出るのか?」
代官は机の側の床に置いてある木の入れ物から薄い冊子を引き抜くと、ぱらぱらとめくり始めた。
「たしかに一ヶ月分の賃料を十日で稼げるペースがあったが、それも昨日までの話。」
男は机から手を離すと憤然とした面持ちで腕を組む。
「水が湧いてたきたからにはどうしようもない。
このまま事態を放置すれば子分達に支払う給金で、俺が赤字になっちまう。」
「水か出たなら外に掻き出せ。
そんな風に区を簡単に放棄されては今後の産出に関わる。」
ページをめくっていた手を止めて、書いてある数字を凝視してから代官は男に反論する。
「あのな、俺だって儲けをみすみす逃したい訳じゃないだ。
ただ捨てる量と湧いくる量のバランス。これが崩れたら自然の勝ちなんだ。」
右手と左手を使って男は高低差を表現している。
高い方の右手が湧いてくる水ということらしい。
「魚みたいなエラと、ロウソクが不要なくらいの夜目がない限り作業は続行不可能だ。
現場も見ないで勝手に見立てをつけられても困るね。」
「おい!鉱業人風情がいい加減にしろ。」
職務遂行の閾値に達したのか、ボディーガードはその太鼓腹で男を突き飛ばし机の側から引っぺがしてしまった。
「なにするんだ!
素人が出しゃばるなよ能無しが。」
やられた方も黙ってはいない。
握りこぶしをつくってボディーガードに対峙する。
その様はなかなか板についていて、男が喧嘩慣れしているのを伺わせた。
「の、能無しだと?
…お前、ぶっ飛ばされたいのか?」
怒りで震えている声。
ところでこの人はどうしてすぐに人のことをぶっ飛ばそうとするのか?
絶対に笑ってはいけない場面なのにちょっとだけ面白くなってきた。
後で彼の名前を確認しておこう。
じゃないとこのボディーガードに、俺は変なあだ名を陰でつけてしまうかもしれない。
「やめろやめろやめろ。
だからここは嫌なんだ。」
クリープはうんざりした面持ちで椅子から立ち上がり二人の仲裁を始める。
「ケナンの申し出を受け入れてやる。
明後日までに他の区を割り当てるからお前はもう今日はあがれ。」
代官は辟易とした様子でしっしっと、彼を手で追い払う。
「穏便な解決をありがとう御座います。
管理官殿。」
慇懃無礼という言葉を体現するかのように男は頭を傾げた。
「今度もいい場所を頼みますよ。
もちろん休業中の賃料は払わないのであしからず。」
要求が満たされて満足したのか、男は全開の垂れ幕もそのままにテントを出て行ってしまった。
「ここも駄目になったか。
地図を更新しないとな。」
代官はそう嘆きながら天井を睨みつける。
しばらくして俺達の存在を思い出したのか目線をこちらに向けた。
「見苦しいところをみせたな。」
自嘲気味に笑ってはいるが、これに対するリアクションは地味に難しい。
そうですね。なんて馬鹿正直に答えるのは失礼だし、過度に同情の念を表現するのも良くないだろう。
「聞き及んでいるとは思いますが、わたくしこの土地の慣習に明るくないものでして…」
まずはこれからする発言に保険をかける。
「鉱夫というと主人に鞭打たれて仕事をする立場の人間を私は想像しており、さきほどの光景はいささか刺激的…」
「フフフッ。」
あ!クリープさんが笑ってくれたよ!どうやら正解を引いたみたいだ。
「そんなことをすれば奴とその子分達はすぐにでも荷物をまとめて此処を出て行くだろうな。」
机に散乱していた書類を代官は一つにまとめ始める。
「そうなれば私も王からその責任を追及されて、公職は剥奪される。」
「失礼ですが鉱業人とやらの立場はそれほど高いものなんですか?」
力関係を試すような質問はご法度ではあるが、今後行う商売にこれは響くことなので質問せざる得ない。
「坑道の中は王の権力すら及ばない別世界。
実際に鉱夫を雇い教育して彼等に指導をしているのはああいう連中だ。」
どうやら複雑な雇用関係がそこにはあるらしい。
すると代官という仕事は王と現場に板挟みされた中間管理職なのか。
そう思うとこの壮年の男から悲哀のオーラが…
「私の仕事は王が所有する土地を細かく区分けして、鉱業人に貸し出して王の期待に応えることだ。」
書類はあらかた整理整頓され最後の一枚が机の上に残されていた。
それは図面で、地下も含めたこの鉱山の断面図が描かれている。
「今回ここが駄目になったわけだ。」
アリの巣みたいな地下の坑道の写しに代官は炭でバツをつけた。
その印は他にもあちこちに既に書き込まれており、宝の地図というよりはこの鉱山が現在抱えている病巣を俺に連想させた。
「私の話はもういいだろう。
それでお前は何が欲しくてここに来たんだ?」




