データの在り処
「そんな風にあれこれ考えを巡らすといくらでも新しい条件が追加されていくことになるね。」
「そうなんだよ。
いい保険を作ろうと思えば思うほどたくさんの情報が必要になるし、商品の種類もそれに合わせて増えていくんだ。」
だから適当なところで保険会社も妥協する。
契約者だって入力項目が大量に要求されれば、馬鹿馬鹿しくなって契約をキャンセルしてしまうだろう。
「鉱夫がつるはしを壊すかどうかでこんなにもやることがあるんだな。
もっと楽にやれる方法があってもいいだろうに。」
「シンプルなやり方はその場は楽かもしれないけど、精確なリスクの把握に失敗することに繋がる。
すると次に求めるクレームコストもその数字は怪しいものになる。
コストがわからないと必要な保険料も分からない。
こんな風に一度手を抜けばそれがどんどん連鎖して仕事全体が駄目になる。」
そして保険は責任も果たせぬまま破産する。
「といっても最後は所詮確率の世界。
どういう結果を迎えるかは神のみぞ知るなんだけどね。」
だからといって人間による介入余地が残されているのに、それを怠るのは許されないことだ。
「ぷぷぷぷ。
それにしても今日のウルクは全不調だったね。」
わざとらしく口を手でおさえてアリスが目を細める。
「しょうがないですよ。
山田さんが話している内容はどれも学校で習っていないことばかりなんですから。」
ムッとした表情で反論するウルク。
こればかりは気の毒な話で、習う以前にこの世界には金融工学なんてものはまだ存在していないはずだ。
神は俺に何も与えてはくれなかったが、ここにきてようやく自分が持つ優位性というものに気付かされる。
「君たちと話してやっぱりよかったよ。
色々と考えが整理された。」
その代わり準備金や破産確率の計算もすべて、俺一人でやることが確定したんだけどね。
と、頭をかきながらボヤく。
「破産って、あれこれ計算しても絶対に安全にはならないんだ。
そんなんで本当に大丈夫?」
「返事に困ることを聞くんだな。
もちろん納得出来るところまで色々準備はするけれど、
何をするにしても世の中に絶対の安全なんてものは存在しないよ。」
先週までバイクに跨っていた俺が今ではラクダに騎乗しているのだ。
その言葉には実に説得力がある。
これを確率で表現するならBIGバーン。宇宙が誕生する確率よりも低いのではないだろうか?
TOTOなんて目じゃない。
「でもだからこそ人類は保険というものを発明したのかもしれないね。
どこまでいっても世界は見通しのきかない不安定なものなら、全員でそのリスクを負担する方が合理的だし安上がりだ。」
危険を回避するために何もしないという選択肢もあるとは思う。
けど挑戦を続けなければ今あるものさえ失うのが世の常だ。
「保険の仕組みはだいだい理解出来たが、君の話を聞いていると保険の中核は複雑怪奇な数式なんかよりも、
参考にするデータの中に存在している気がする。
それも大量でなおかつ精確なデータの中に。」
勝負師が為せる業なのか彼女の勘所は実に冴えている。
「キャロルの言う通りでモデルが一流でも使うデータがゴミだと、
吐き出されるものも全部ゴミになるね。」
「それなら最初の仕事はその良質なデータを入手することだ。
じゃないと保険なんて全部砂上の楼閣でしかない。」
「山田はなにか目星をつけているの?
私もこの街には詳しい方だとは思うけど、そんな凄いものはどこにも置いてないと思うよ。
腕組みしながら頭を傾げてアリスが教えてくれる。
「さきに言っておくがここの住人はとてもルーズ…
素朴な人達ばかりで聞いて回ったところで得られるものはない。」
キャロルさんは相変わらず毒舌ですね。
「灯台下暗しって言うのかな?
実はそのデータなんだけど、俺達はその在処を既に知っているし実物も最近見たことがある。」
「…思い当たる節が全く無いな。
本当にそんなものがあるのか?」
キャロルはなおも半信半疑な様子。
「その所有者は病的なまでに街の経済活動を記録していて、
効率的な市場とやらを実現するために何十年も倉庫の中を監視している。」
倉庫という単語でアリスが俺の言わんとすることに気づいたらしい。
「あー私、山田が言いたいことだいだい分かったけど、なんて言うかなー
それはすごくおすすめしないというか、絶対にそれよりいい方法があるというか、それこそが最悪の選択肢というか…」
言葉の歯切れがなんとも悪い。
けどそれも致し方ない。なにせ俺は天敵の懐に飛び込んでやろうと提案しているのだ。
「いいや、それこそが唯一であり最善の選択肢だよ。
信頼できる保険の開発にはそのデータが絶対に必要なんだ。
ここで妥協するくらいなら保険づくりなんて中止するべきだ。」
「誰の話をしているのか私も察しがついたけれど、
その人物はおいそれと私たちに協力してくれる性格ではない気がするなー。」
敵に塩をおくる。そんな都合のいい話を彼に期待してはいけない。
「だから盗み出すしか方法は無いと思う。
下手に交渉を試みてガードが固くなってしまったら目も当てられないからね。」
追い込まれた立場では倫理なんて四の五の言っていられない。
「それでとても心苦しいのだけれど、その仕事はやはりこの中で一番成功率の高い人が実行するべきだと思うんだ。」
「本当にそれしか方法はないの?」
「苦渋の決断というやつか…」
すっーと、示し合わせたように三人の視線がその不幸な人物へと集中する。
「…冗談ですよね?
みなさんどうしてボクのことを見ているんですか?」




