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リスク把握、保険の逆選択

「ふぁ!?ファイナンス?

なんか新しい言葉ばかり並べているけど、私達のこと騙そうとしている?」

的外れなリアクションに対して俺は「そんなことして得なんてあるもんか」と返す。


「計算すると言葉では簡単に言うけれど、本当にそんなことが出来るのか?

正直私には何から取りかかればいいのかそれすらも分からない。」

降参の声がはやくも上がるがそれも無理はないだろう。

なにせこれから俺がやろうとしていることは時代を500年くらい先取りするものなのだ。


「まずはつるはしが一年間使用されて、それが破損してしまう確率を調べることにしよう。

リスクが分かればそれに対する妥当な保険金が設定できる。

保険金が決まれば保険料が今度は自ずと決まる。

こちらが提供するサービスとその対価がはっきりすれば、それはもう立派な商品だ。」


「聞いても全然ちんぷんかんぷんなんだけど。」

ジト目でこちらをにらんでくるアリス。残りの二人もまだ釈然としていない様子。


「確かにこれらを組み合わせて保険を開発することはとても骨が折れる作業になる。

俺がいた世界でも本来は保険数理人と呼ばれる専門職の人たちがやっていることだし。」

金融業界も高度化がすっかり進んでしまい、今や大学で数学や物理を専攻していた人たちがとても増えてきた。

経済と自然科学は相性が良いということなのだろう。


「けど基本的なものでいいのなら俺でも作れるから安心してほしい。

仕事で使う機会は全然ないけど、大学で少し勉強したんだ。」


「わかった。

なら山田に全部任せる。」


「なにその即答!」

手をこちらにひらひらとさせて丸投げを決め込んだアリスに俺はツッコミを入れる。


「そのつもりではいたけれど、そんな態度を見せられるとこっちも少し寂しいんだが!」

そんなこと言わずに私にも手伝わせて!と、

目をキラキラさせて言うのがヒロインの本来の役割ではないのだろうか?


「そうだよ!せっかくなんだし君たちも一緒に考えてくれよ?

頭の体操だと思ってさ。」

キャロルとウルクを交互に見る。

アリスはもういい、諦めた。


「人と会話をすることで見落としていた箇所に気付かされることもあるしさ。」

少年とお姉さんが顔を見合わせた。


「問題ないよ。」


「ボクも別に構いません。

けど、なにから始めればいいんですか?」


「よし!それなら手順通りまずはつるはしが一年の間に破損してしまう確率からやろうか。

それでウルク君ならそれをどうやって計算する?」

少年は伏し目になって口元に手を当てる。彼のシンキングタイムがスタートしたのだ。


「1年間という条件で考えるなら、年度別の破損数と鉱山で働いていた人の数を調べて、

鉱夫を分母に割り算をすれば答えが出てきますね。

その計算を複数年度に渡って行い平均をだせば信頼できる数字が出てくるはずです。」


思いのほかちゃんとした答えが返ってきて内心驚く。

この感じだと3桁の足し算をこの世界で披露したとして誰も称賛してはくれなさそう…


「それだけでいいのか?

それを土台に保険を開発するの?」

俺の念押しに対してウルクは自信なさそうに、はいと頷いた。


「大枠の考えはいいんだけど、それだと信頼できる保険にはならないかな。」


「ど、どうしてですか?」

自信はなくとも少年はそれなりにショックを受けた様子。


「同感だ。

この少年の回答はきわめて明快なもので、私から見てもとりこぼしは無かったように思う。」

クールな彼女でもその声には戸惑いあった。


「繰り返すけどアプローチは悪くない。

けどそれだけでは実運用には耐えられないかな。」

これで保険を作れは確かに少しは勝率があがる。けれどもまだギャンブルの範疇を抜け出していない。


「というのもウルクくんの答えには道具の耐用年数という概念が抜けているんだ。

買って1年目のつるはしと10年目のつるはしではどちらが破損する確率が高いと思う?」


「もちろん古いほうですけど。」


「だったらそれも考慮しないと。

保険ではこれをリスク分布と言って、ウルクくんは手に入れたデータをなんの加工もせずに確率を計算していたけれど、

使用年数で故障率が変わるならクラスごとにそれを分けないといけない。」


「相手に合わせて計算を使い分けるわけか。

なんだか戦いの駆け引きみたいなことをするんだね。」

独特な解釈をキャロルさんはおやりになる。

要は臨機応変と言いたいらしい。


「分かりました。

山田さんの指摘通りに修正します。

それで今度こそ僕の答えで保険は作れるんでしょうか?」


「保険が作れますかと言われるとまだまだ足りないね。」


「そ、そんな〜」と情けない声をウルクは出す。


「想像してみて欲しいんだけど、

現実の世界でこの損害保険を販売すれば、直感的にどういう人がこれを求めると思う?」


「保険の仕組みを聞き限りだと心配性な人やモノをよく壊す人とか?」

気が変わったのかアリスもこの議論に参加してきた。


「それとすでに道具が摩耗しきっていて今にも壊れそうだからと、

保険による給付を当てにしたずる賢い奴も契約を結ぼうと積極的になるはずだ。」

ほくそ笑みながら、悪だくみを企む狐みたいな表情をキャロルは浮かべている。


「いい感じに普通ではない危険な人たちが契約を求めて集まってきたな。

こういう現象を業界では保険の逆選択と呼ぶんだ。」

難しいことはない。

商人は自分にとって都合のいいお客様を常に選ぶことが出来ないのだ。


「ウルクくんはつるはしの故障率を計算してくれたけど、それだけではリスクの把握には不十分だ。

道具を使う人間にも注目して保険は作らないと後で痛い目をみることになる。」


例で挙げたように保険の契約を結ぼうとする人は平均よりもリスクが高い傾向にある。

だから保険会社は愛想よく誰にでもそれをただ売るのではなく、

相手のことをよく観察して彼らが持っているリスクを見抜く必要がある。

そうしないと適切な保険料を請求することが出来ず、保険金ばかりが会社から出ていくことになる。

そしてその結末はアリスが懸念していた渡しすぎによる破産である。

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