やけ酒
私のお気に入りのお店で食事しよう。
アリスの誘い文句を受けて三人は夕飯時に食堂を訪れた。
内装は黄土色の洞穴で、赤い敷物が6枚ほど適当な間隔でしかれている。
そこがお客の席になるらしく、二組の先客が食事をしていた。
「なにがおすすめなの?」
腰をおろしてアリスに尋ねる。
タフィーのあれとは違って、座っても尻がちくちくしない。
「おしながきがどこにもないようだけど。」
「おすすめも何もここの料理は一品だけだよ。」
「なかなか硬派な店なんだな。」
客に選択肢を与えないその職人気質に俺は好感を抱く。
今どき専門店でもファミレスみたいにメニューを充実させるものだから、目が泳いで仕方ない。
しばらくすると店主が山盛りの紅い野菜シチューがつがれた木製の大皿を一枚。
あとは人数分のパンを俺達の席に配膳する。
「ビールを2つ追加で頼む。」
ピースサインでキャロルが追加注文した。片割れはたぶん俺の分だろう。
「それにしても野菜はやっぱり新鮮なものが一番だね。
乾燥野菜は筋ばっていて味気ないもん。」
アリスがはむはむと口を動かす。
俺もそれに続く。
トマトっぽい味で、あとは塩とスパイスで味が整えられている。
「それで料理をつくる件はどうなったんだ?」
大きな木のジョッキに注がれたビールを一口飲んで、キャロルが落とすようにそれを敷物の上に戻す。
木の机ならごんと音がしただろう。
「どう?って『お前の作る料理は塩をふりかけているだけだな』って、馬鹿にしてきたのはキャロルの方じゃないか。」
ふふふ。と、押し殺すように彼女が笑う。
「そうだったね。
あまりに芸の無い料理だったから記憶にすら残っていなかった。」
彼女が鼻で笑う塩おにぎりだが、自分としては久々のお米だったので普通にうれしかった。
「確かにあの内容だとお店で売るのは厳しいかなー」
こらこらアリス、おにぎり屋さんは日本でも沢山あるんだぞ。
もっとも塩むすびだけの店なんて硬派を超えて狂気に近いが…
「明日の朝には帰らないといけないから今回の料理作戦は失敗かもね。」
アリスがため息をつく。
俺はその気まずさから逃げるようにビールを口にした。
「ちょっと水っぽい味だな。
ぬるいのは仕方ないにしても、苦味はないし炭酸も抜けてる。」
何気に念願のビールだったわけだがこいつは拍子抜けである。
味も悪いがコップが木製なのもいただけない。
というのも研磨が不十分で、口に触れるとそれがもぞもぞして気持ちが悪いのだ。
やはりビールはガラス、それも専用のグラスで飲むものだ。
「おままごとみたいなことをやらかした後のやけ酒なんだ。
一杯だけでは美味しくもないさ。
だから今日は酔いつぶれるまでとことん飲めばいい。」
「その辛辣なセリフ回しはもはや才能の域にあると思うよ。
ただねこれは本当に不味いビールなんだ。」
アリスも慰めようと俺の頭を撫でようとするんじゃない!
「そうか?
ビールなんてだいたいこんなもんだと思うけどね。」
ジョッキを揺すって中に残っている液体を波立たせる。
「比較対象がキャロルとは違うんだよ。
俺が知っているビールはもっと喉に衝撃がある。」
おそらく原料の中にホップが入っていないのだろう。
だから味がぼやけているし、香りが甘くて鼻につく。
濾過も不十分で澱があちこちに浮いており、それがとにかく不味い。
「衝撃ねー
実物を飲んでみないことにはなんとも言えないな。」
ぐびぐびと彼女はそれを飲み干した。
「いいじゃん!
山田が言っているその美味しいビール、私達で作ればいいんだよ。
次のお料理候補が出てきた!」
落ち込んでいた暗い気持ちから一転。ポジティブオーラにアリスが包まれる。
「お酒か。
飲食業界では利益率の高いものだし、当たればでかいかもな。」
「酔えば財布の紐もゆるくなるしね。」
両膝をたてて前かがみになり、両手をついた状態でアリスが俺に顔を近づける。
「んーどれくらいの規模を考えているのか知らないが、酒造りには色々と設備が必要になるんだぞ。」
話が盛り上がりかけたタイミングでキャロルが待ったをかけた。
「材料費だって馬鹿にならない。
加えて酒には発酵期間が必要だから失敗を重ねていると、砂糖の借金額をそれだけで超えてしまうぞ。」
的確な指摘だ。
特にビールの完成には時間がかかるという点が一番芯をくっている。
「仮に一発で成功させたとしても、それを全部売り切る時間も必要だしな。
キャロルが言うように時間的余裕のない俺達にとってビールづくりは相性が悪いのかも。」
実行すればそれはすなわち乾坤一擲。途中で修正のきかない大勝負になる。
酒の席で出てきたこのアイデアにそれ程の価値が果たしてあるのか?
「あと今更こんなことを言うのもなんだけど、
美味しいビールの味は知っていてもその作り方は分からないのよね。
俺、酒造メーカーの社員じゃないし。」




