市場で買い物2
「ほら、見てみなよ。
金貸しがあそこで店を開いているぞ。」
キャロルが肘でおれの腕を小突く。見ると20メートルくらい先。
木の箱を椅子代わりにして、金貸しなる者が足を組んで頬杖をついていた。
「何か商談をしているみたいだね。」
精度のちゃんとした方の両天秤を間にはさんで、長身の男が何かを頼み込んでいる様子だ。
「あの服装は東方から来た外国の商人だな。
大方手持ちの現金が無くなって連中を頼ることになったのだろう。」
件の男の服装は、鷹の羽が飾られたつばの無い白の山高帽子に、白いシャツの上に金の刺繡が入った黒の袖なしベストを羽織っている。
「賑わってはいるけれど、みんながみんな上手くいくとは限らないのか。」
「それは少し早計な判断かもしれないな。
というのもここでの取引は為替手形が中心だから、一時的に現金不足に陥る人がどうしても発生する。」
なんと!この世界にも手形が存在するらしい。
それなら手形法もやはり整備されているのだろうか?
うっ、それを思い出したら頭痛が痛い。金融にまつわる法律は複雑なのだ。
「でも商売をしていると現金が必要になる場面がどうしてもある。
金貸しはそうした商機に敏感で、火急の相手にあんな風に短期で融資をして稼いでいるわけだね。」
どうやら二人の間で話がまとまったらしい。
そこでどんな会話が行われたのか、ここからでは当然聞こえないが、商人が感謝の言葉をまくし立てている。
「だからあの男も今はお金がないのかもしれないが、
市が終わって精算をしてみれば、案外この中で一番の金持ちになっているかもしれない。」
「...うん。
そうだといいね。」
自分が従事していた仕事の原型を偶然目にしてなんだか感慨深くなる。
もちろん口頭のみで融資が成立するほど単純な仕事ではないし、金利も良心的であるし、態度も人相もあの人ほど悪くはない。
「駄目だ。全然駄目。
あのおじさん話にならないよ。」
アリスが手をひらひらさせながらこちらに合流する。
「少しは安く買えた?」
「ううん。あっちの言い値のまんま。
やっぱり私みたいなお使いだと相手になめられちゃうね。」
「買ったのたったのそれだけなのか?」
アリスの脇にはダーツの入ったカゴがあるのだが、その量は入院している友達へのお見舞いで持参する程度でしかない。
「ううん。これは私へのお礼だって。
買った分は袋に詰めて準備しておくから、明日の朝とりに来いってさ。」
お礼か。
やはり商談の軍配はあのおじさんに挙がったらしい。
といってもアリスは別に損をしたわけでもないのだし、こうしてお土産を個人的に手に入れたのだからウィンウィンとも言える。
「それじゃあ次は山田の番だね。
それで何か使えそうな材料は見つかったの?」
「ん?あ、ごめん。
何も探していなかった。」
「ええ!?
じゃあ私が仕事をしている間に二人は、ただ漫然とおしゃべりをしていただけなの?」
信じられない!という表情。
俺はその非難の目から逃れるように、ある露店へと吸い込まれていく。
「魚屋さん?」
彼女が疑問を口にする。
「そうだよ!魚だよ!
カツカレーもいいけれど、日本は有数の海洋国家で魚料理も充実しているんだ!」
苦し紛れに入った店だが、魚料理というアイデア自体は悪くないので少しのぞかせて貰おう。
アリスは話が違うじゃん。と不満を言っているが、旨い料理が作れればぶっちゃけなんでもいいのだ。
「並んでいるのはどれも淡水魚みたいだな。」
店にはとっくりみたいな形の籠が複数個並んでおり、その中には様々な種類の魚が雑多に詰められている。
客はそこから気に入ったやつを選んでまとめて購入するシステムらしい。
「海はちょっと遠いからね。」
店主の許可が降りたので、俺はかごの中に手を突っ込み、魚を外に引っ張り出してみる。
ナマズ、パーチの親戚、フナ?
その顔ぶれは何と言うか、正直リアクションに困るものばかりだった。
「なんかどれも地味だな。
異世界だから奇抜なフォルムや、カラフルな魚をどこかで期待していたけれど、大陸の河川で泳いでいそうなものばかり。」
今更だがこの世界と地球の環境はそれほど大きな差がないのだと思う。
こうして息も吸えているわけだし。
「環境が似ていれば生き物の進化も同じ所に収束するんだろうね。
自然の選択は常に適応したものを残して不要なものは淘汰されていくってか。」
その結果がこの漁獲された魚達である。
「それで山田はこれをどう料理するつもりなの?
日本の実力を私に見せてよ。」
アリスがくじ引きでも引くみたいに、籠から鮎のパチもんみたいな魚を取り出してみせる。
「そうだなー
その魚なら…塩焼きとか?」
ぶぶっ!!
二人の会話を後ろで黙って聞いていたキャロルが盛大に吹き出す。
直後に、俺の耳たぶがみるみる真っ赤に変わる。
「塩焼きか!そいつはいい。
確かにそれが一番美味しい食べ方だ。
私もよくやるよ、分かってるじゃないか。」
イヒヒ。と、キャロルはなおも腹を抱えて笑う。
涙まで浮かべなくてもいいじゃないか!
「いや、日本では淡水魚を食べる習慣があまりないんだよ。
だからレパートリーが貧弱というか…」
もちろんあるにはある。ただそれは郷土料理というやつで、普段の食事でそんなものは並ばない。
だいたいスーパーに行っても淡水魚なんて売っていないし!
鮎っぽい魚ならやっぱり塩焼きが一番だし!
「おいオヤジ!
うなぎ、うなぎはないのかよ!日本の実力見せてやるからなんとかしてくれ!」
自身の恥ずかしさを誤魔化すためにむちゃくちゃな逆ギレをしたら親父に普通にらまれたので、俺はあわてて店を離れた。
「なんだ?
魚料理は辞めたのか?
どんな風に塩をふりかけるのか、楽しみにしていたんだが。」
なんという嫌味。
ぼく、キャロルちゃんのこと嫌い!
「気にしなくていいよ。
魚は日持ちが悪いから、材料の候補に元々向いていなかったと思うし。」
慰めるようにアリスがフォローしてくれる。
「そうか。
あの砂漠を横断しないといけないから、ナマモノは確かに向いていないな。」
冷蔵庫も無いこの世界では、たぶん2日もすれば腐ってしまうだろう。
なんならさっきの魚たちも、なんか変に表面がぬるぬるしていたので、黄色信号が灯っていた気がする。




