銀の量り方 金融犯罪
目的地に着いたのかアリスがキャラバンの歩みをストップさせる。
この辺りの建築物はどれも土をかためて作ったクリーム色のものが多いが、目の前の建物はトタンのような金属の板を張り合わせて建造されている。
板の色はすすけた灰色で、服にコーヒーでもぶちまけたみたいに茶色のさびがあちこちについており、その風貌は下町の組み立て工場のようだった。
「持ち込みです。確認をお願いします。」
建物の中央には金属製のパネルみたいな引き戸が据えられており、近くに男が立っていた。
アリスは彼に話しかけたのだ。
「証明書は?」
ぶっきらぼうな返事。
男の服装は逞しい足がひざ上まで露出した灰色の短パンに、ねずみ色の布を上半身に巻いて、反りのきつい大型のダガーを腰の革紐に差し込んでいる。
「わかった。」
その態度はなんだかピリピリとしており、詰め所で見たあの怠惰な兵士たちとは対照的である。
男は背を向けると倉庫の扉に両手をあてがう。
引き戸の滑車に油が不足しているのか、自分の不調を周囲に報告するみたいにギーギーと鳴いてわめいて建物は解放された。
「吊るした鎖がそこにたれているだろう。
積荷を降ろしたらその近くにまとめて置いておけ。
俺は役人を呼んでくる。」
男はそう言い残すと俺たちを置いてどこかに向かう。
銀の納品所の広さは学校の体育館の半分くらいのものであった。
不格好な形のトタンを張り付けて建てた建物なので、太陽の光があちこちから入り込んで奥まで見通しがよくきく。
荷物の類はなにも置いておらず、金属のガラクタが左の奥の隅に少し転がっているばかりだ。
あと言及できるものといえば、男が言っていた吊るしの鎖か。
地面にだらりと垂れた鎖の根っこを辿るように天井を見上げてみると、梁に打ち付けられた滑車が確認できる。
鎖はそこで一回転分だけぐるりと巻かれて、残りの部分がまた別の地面に向かってだらりと垂れていた。
「それじゃ始めようか。」
アリスの掛け声で作業が始まる。
ラクダの鞍に結び付けられた麻袋を解いて運んで一か所に集めるのだ。
これが大変な重労働で、重量20キロ越えの物体を俺は抱えるようにして運搬する。
「石が腕に突き立って我慢ならんな。」
麻袋を恨めしそうに見ると、ラクダにくくりつけられている時には気づかなかったが、
どの袋にも人の名前らしき文字が書き込まれていた。
「これはこの袋の持ち主の名前か?」
「うん。袋もだけど大事なのはその中身かな。
この石を掘った鉱夫の名前を識別するために書きこんであるの。
袋の重量で報酬がそれぞれ決まるからね。」
全ての麻袋を運び終えたらそれを見計らったように役人風の三人組が倉庫の中に入ってきた。
みな一様に同じ服装で、丈の長い白のチュニックのような服を着ている。
各々が金属の大道具を腕に抱えており、俺たちの横をちらりと見てから通り過ぎると、
垂れた鎖のところまで行ってカチャカチャと何か作業を始めた。
「天秤でも組み立てているのか?」
ぼそりと俺がつぶやく。
三人組は天井から吊るされた鎖に太めの長い金属の棒を通すようにセットすると、
今度は棒の左端に付属している金属のフックに、わっかになった紐二本をひっかけた。
紐は金属製の盃みたいなお皿と合流しており、地面に向かって紐が張り詰めると、宙に浮いたお皿を底にして三角錐みたいな形になった。
「竿秤というんだ。
重量のあるものを量る時はあれの方が効率がいい。」
興味深げに俺がそれを観察しているとキャロルが教えてくれる。
天秤といえば理科の実験でおなじみの両側に皿が付いたものだが、こいつには片側にしか皿がない。
「基準となる袋を指定してください。」
糸目の男に促されてアリスは麻袋を一つ指差すと、男二人がそれを手早く天秤にかける。
「いいぞ。重りをのせろ。」
今度は紐を通した銅鐸みたいなモノが登場する。
それはお皿とは対極の位置に吊るされて、男たちが天秤から手をはなすと、ゆらゆらと棹の両側がシーソーみたいに揺れ始める。
糸目の男は均衡を探っているのか、その揺れ具合を見定めながら頻繁に吊るされたおもりの位置を変更する。
適当なことは言えないが、てこの原理でも応用しているのだろう。
「確認をお願いします。」
やがてその揺れは収束したのか、重りが吊るされている位置をアリスに確認するよう求める。
棹には目盛が細かく刻まれており、男はその数字を指差していたのだ。
「結構です。」
手元に控えた紙をアリスは一瞥してから返事した。
「なんだかレストランでワインを注文した時に、テイスティングを要求された場面みたいだね。」
その光景を見て俺はキャロルに耳打ちした。
「テイスティング?なんだそれは?」
「注文したワインが本物かどうか?味に問題はないか?
店側は客に味見を提供するんだよ。」
いわゆるちゃんとしたレストランなら高級店でなくともそのサービスがある。
「でも大抵の人はそれを儀式的にこなすだけで、最後にはさっきのアリスみたいに美味しいです。と一言言うだけなんだ。」
別に馬鹿にする意図はない。
ただその後に「なんだこのワインは!交換してくれ!」と、怒鳴りつける絵面がイメージできないのだ。
「味覚を数字で表すことは難しいが重さは違う。
お互いに盗んだ盗まれたとモメない為にもこいつは行われているんだ。」
もちろん分かっていると。と返す。
「でもあの天秤ってどれくらいの精度なんだろ?
仮に誤差が1%以内だとしても、持ち込んだ袋の重量は一個あたり30キロ近くある。
すると500グラム程度のズレはお互いに無視をしないと仕事にはならないわけだ。」
握りこぶし大の石なら余裕で誤魔化せるだろう。
「それは信頼の上で成り立っている。としか言いようがないな。」
「信頼ね〜」
アリスが立ち会うのは最初の袋だけならしく、役人たちは次々と麻袋を皿の上に載せては降ろして、
重さを測定したらその結果を糸目の男が手帳に記述していく。
「あれはいわば鉱夫さん達の汗の結晶なんだよ。
そんな悪いことを考える山田の心は、すっかり荒み切っているのね可哀想に。」
憐憫の目でアリスが会話に参加する。
「いや、古典的ではあるけどそうした詐取行為が実際にあったんだよ。
精度の弱点をついた金融犯罪がね。」
世界がまだ金貨や銀貨を利用していた頃の話である。
「ふーん。
それで具体的にどうやるの?」
「まずは何枚か銀貨を集めるんだ。
次にそれを適当な袋の中に入れて、思いっきりシェイクするんだ。
すると袋の中でコイン同士がぶつかり、削れて、銀の粉が産まれる。」
「それを袋の底からかき集めるわけ?
なんだかすごくみみっちい悪知恵だね。」
アリスは呆れた。とそっぽを向く。
「でもこの犯罪を検出するのはすごく難しいんだ。
元々コインは一年間でその質量に対して、1%ほど摩耗するものだからね。」
金や銀は金属のなかでは柔らかい分類なので、使用されれば多少削れてしまうのは自然なことだ。
「確かに一回あたりの儲けは少なそうだが、何度もやれば結構な額になりそうだな。」
「そりゃ何回もやれば塵も山にはなるけど…」
「なら両替商がそれを実行するというのはどうだろう?
皆からたくさんお金を集めて、取引する度にそれをシャカシャカと振るわけだよ。
取り扱う金額の1%が儲けになるならかなりの金額だ。」
ごほん、ごほんごほん。
キャロルが「そのアイデアをさっそく売りだそう。」と冗談めかして言ったタイミングで、糸目の男がこちらに向かって咳払いをした。
「「「す、すみません。」」」
その場限りの馬鹿話とは言え、銀の測量をしている人たちの前で話す内容ではなかった。
馬鹿な三人はそれ以降は口をつぐみ、その検量が終わるのを待つのであった。




