盗賊の襲撃 魔法の存在
「キャロル!休憩しようよ。
お茶も淹れたからさ。」
歩哨ということで、見晴らしの良さそうな砂丘で一人いた彼女に声をかける。
「助かるよ。喉がカラカラなんだ。」
硬そうなスティックタイプのパンを齧りながら彼女がこちらに歩いてくる。
その背中には子供の頭が入るくらいの直径の、茶色い筒を背負っているのだが中身はなんだろう?
「コップは一つしかないから皆で回し飲みしてね。」
アリスが手を伸ばしてやかんの取っ手を掴もうとしたその瞬間。
パンッ!という破裂音とともに、横っ飛びにやかんが吹き飛ばされる。
「あぁ!!!
一口もまだ飲んでないのに!」
轟くアリスの絶叫。
「馬鹿!襲撃だ。
ふたりとも膝を折り曲げて頭を低くしろ!」
具体的な指示に促されてそれを実行すると、直後に頭上で風切り音がする。
「そこの岩場に向かって走れ!
頭はあげるな!」
言うが早いか、キャロルはそのポイントに向かって弾丸みたく飛び出す。
その後を鈍臭い俺とアリスが必死に続くが、その間にも謎の射撃が三人を襲う。
革靴なんて履くんじゃなかった。
「ぐひっ。」
物体Xが目の前で弾けて、噴き上がった砂と石のかけらが目に入る。
それでも立ち止まってはいけない。
半目の状態で地面から一部分だけ突き出た巨礫に必死で駆ける。
「もっと奥に詰めろ!射線がまだ通ってる。」
ヘッドスライディング気味に俺はキャロルの足下に飛び込んだ。
幸いなことにアリスも無事である。
「隠れるのは得意でも攻撃は下手くそな連中だな。」
ばきっ。噴き上がる土煙。
俺たちが背中を預けている大岩は、漏らすことなく襲撃者の攻撃を防いでいる。
といってもその盾の高さは50センチほどしかなく、三人ともその攻撃を匍匐した状態で凌いでいる。
「まずいなー」
「そりゃまずいでしょ。」
着弾と同時に弾けた小石が頭上にばらばらと降りかかる。
敵の得物はどうやら石つぶてのようだ。
相手の姿は視認できないが、きっと岩の向こう側では輩達がカーボーイみたいに、スリンガーをブンブン振り回しているのだろう。
「積荷が狙いならそこで座り込んでるラクダに一発でも当てて、走りだした奴を後で回収するのが定番なんだが、
賊は執拗に私達を攻撃している。」
バギっ!
空気を震わす衝撃が心臓をわしづかみする。
岩陰にいるのだから安全だと自分に言い聞かせても、恐怖心は拭えない。
「待ってよ!
銀まで失ったら私達、夜逃げするしかもうないよ。」
「それはまだマシな方で彼らは私達も得物として数えているようだ。」
人さらい。そんな単語が脳裏をよぎる。
夕方になっても家に帰らない子供に対して、躾で使用するくらいしか用途のない死語だと思っていた。
「私が見張りをしている時に、美人な横顔が盗み見されていたらしい。」
キャロルは頭に降りかかった土埃を手で払いながら軽口を叩く。
けど相手は暴力で訴えかけてくるような連中なのだ。
いつまでもその余裕が続くだろうか?
「攻撃は一方向からしかきていないみたいだし、このまま岩を背にして逃げられないのか?」
「足がなければ時期に追いつかれる。」
足とはラクダのことを指しているのだろう。
「とりあえず今は膠着状態なんだしこのまま粘るとかは?
石だって無限にあるわけじゃないでしょ?」
「そうだね。
だからあっちもそうなる前に動く。」
キャロルは背負っていた筒を背中から降ろして、腰に下げていた剣を勢いよく抜刀する。
素人目にもその刀身は薄く、ペーパーナイフみたいで頼りない印象を抱いた。
「この角度を維持して、代わりに持っていてくれないか?」
空に向かって垂直に掲げられた剣を彼女は俺に手渡す。
「待ってくれよ。
俺はこんなもの扱えたりしないぞ!
そりゃ体育で剣道は選択したけど、柔道が嫌だから選んだ道なんだ。」
よく磨かれているのか鋼に太陽が映り込みチラチラと眩しく光る。
ただそれは武器による威嚇というよりも、降参の白旗を連想させた。
「君にそこまで期待してないから安心しな。」
キャロルはそれを押し付けるように俺へ渡すと、
今度は横に置いてある筒に手を伸ばし、蓋代わりになっていた黒い布を剥ぎ取ると、その中に腕を突っ込む。
そして中から取り出されたものは…槍?
いや、その穂には刃がついておらず、代わりに尻尾には鳥の羽が矢みたいに生えている。
羽つきの木の杭と表現するのが適当だ。
「角度をもっと左に。」
「ああ。」
キャロルに指示されて剣を少しだけ傾ける。
「ふらふらしているぞ。
あまり動かさないように。」
「ごめん。」
剣の重心は剣先の近くにあるらしく、重さはたいしたことないのだが、垂直にバランスを維持するだけでも筋肉には負担がかかる。
「石を打ち込んでいるのは5人か。こちらに距離を詰めてきてる。」
絶望的な状況報告の後にキャロルは、指でトントントンと、なにやらリズムを取り始めた。
「それでどうするの?
とんでくる石の頻度があがってきてるんだけど。」
アリスが言うように、10秒に一発くらいのスパンで飛んできていた石弾が、今は5秒に一発くらいになっている。
いわゆる弾幕ってやつだ。
迂闊にひょいっと顔でも出せばミンチになりかねない。
「人は単調な作業をしていると無意識にリズムをつくりだして、
それに合わせて体を動かすことがある。」
「冷静なのは頼もしいけれど、その話は今やることなの?」
涙目のアリス。
弾幕のピッチが加速する。
「話す言葉のなかにも音楽はあって、
同じ言語を喋っていても、地域によってイントネーションが全然違ったりする、」
キャロルは鉤爪みたいな木製の道具を槍のしっぽにあてがう。
槍を投擲する際に使用する補助機器なのか。
「それなら世界中の人に届く俺の言葉は、万人から受け入れられるメガヒットソングだな。」
恐怖と疲労で持っている剣がまたふらふらと揺れはじめた。
石と岩が衝突する破裂音で、会話をするにも大声を出さないといけない。
「キャロル。
講釈は分かったからそろそろ目の前の事態に対応してくれない?」
「ちゃんと私は対応しているよ。
はじめに言っただろ?
単調な作業をしているとその音楽は顔をのぞかせる。」
石礫がまた弾ける。
これが持っている剣にでも直撃したら手を骨折するかもしれない。
「単調?もしかしてこの攻撃のことを指しているのか?
あっちはかなり本気みたいだぞ!」
まくし立てている俺の目の前で、その時、信じられない奇跡が起きる。
槍が、キャロルが握っている槍が赤く、青く、白く、色を順番に変えて輝きだしたのだ。
「手合の中にはわざとそのリズムを崩して、攻撃を仕掛けるパターンもあるけれど、
三下相手に深読みをして怪我をするのも面白くない。」
握っていた部分から穂の先端まで、槍の色は既に真っ白で強烈な光が瞬いていた。
それは爆発という現象を小さな型枠に無理矢理押し込んで、時間を止めたみたいだ。
「剣を元の位置に戻せ。
男の位置が見えない。」
本能的に俺は剣で顔を隠していたらしく、それを受けてキャロルが文句をとばす。
「待って、その槍を相手に撃ち込むつもりなの?
無理だよ!
こんなに石が飛んできているのに。」
キャロルはうつ伏せから片膝をついて上体を起こす。
あと数センチで弾丸の射線に体が侵入してしまう。
「大丈夫。
まあ見てな。」
白い歯が覗いたかと思ったら、彼女は立ち上がる動作さえも投擲のエネルギーに変換して、その凶器をターゲットへ撃ち込む。
直後。
空気がパンと破裂して、雷が木に落ちたような轟音がその後に続く。
相変わらず石つぶての攻撃は続いていたが、その様子は先ほどとは明らかに違っていた。
「命中したの?
あっちは退きそう?」
アリスは友人の体をぺたぺた触りながらたずねる。
奇跡的。
いや、これは偶然などではない。
冷徹な計算をした上で、彼女はあの弾幕の間隙をつき無傷で生還してみせたのだ。
「どうだろうね。
でも次の展開はだいたい予想がつく。」
筒からまた一本、槍が引き抜かれる。
「友情というのは徳と並ぶほどの価値があると聞くけれど、悪人同士でも友情は育めるらしい。」
リロードされた槍が光をまた蓄え始める。
彼女の顔をちらりと確認すると、その美しい横顔は獲物に対して放たれた猟犬のように、嗜虐的で凶暴な感情に歪んでいた。
「命がけで友を救うのだからそれは立派なことだけど、その行為は悪から派生されたもの。
これを真の友情と呼べるのか?甚だその評価は難しい。」
着弾するつぶての音から、キャロルはまた指でリズムを取り始める。
そして片膝をついて投擲の事前モーション。
「まだ続けるのか?」
思わず零れ落ちた言葉。
キャロルの方も驚いたのか、体をビクりと反応させる。
「攻撃は直撃したんだろ?
それならあちらも痛い目を見たんだし、これで充分じゃないのか?」
戦場における状況判断なんて、素人の俺に出来るはずもないが、それでも彼女が投じたあの強烈な一撃以降、
襲撃者たちは明らかにパニックに陥ったことだけは俺でも理解できる。
「充分かどうかは分からない。
ただ、いい的が目の前にあることだけは確かだ。」
「的じゃなくて人だ。」
「好きな表現でいいよ。」
攻撃のピッチが緩慢なものへと変わる。
相手は撤退を考えているのではないか?
そう考えて俺は持っていた剣を地面に降ろした。
直後に嘲るようなため息。
「キャロルの仕事は私達と積荷を守ることだからこれでもう充分だよ。
これは戦争じゃない。」
アリスがキャロルの足首を手で握った。
「私たちはもう助かったんだよ。ならこれ以上こんなことを続ける必要なんてない。」
こんな状況なのにアリスは笑顔を浮かべていた。
「…二人ともずいぶんやさしいんだな。」
その言葉が傭兵の心に届いたのかは分からないが、槍にこめられていたエネルギーがどこかに霧散して、また元の木の棒へと戻る。
盗賊たちの攻撃もいつのまにか完全に止み、日は暮れ、三人はようやく岩の陰からのそのそと這い出た。




