モノの値段は誰が決める?2
「珍しい話が聞けて実に面白かったよ。」
キャロルが乗っているラクダが歩調をはやめて俺の横についた。
「取引が成立していく過程や、小麦よりもパンの値段が高い理由が知れた気がする。」
「それは良かった。
話した甲斐がこっちにもあるもんだ。」
「けど君が披露した話だと、サンダルとビールの値段の違いを説明できていないように思える。
というのもその2つにはお互いに接点がなく、独立した商品だからだ。」
この世界にもビールが存在するらしい。灼熱の砂漠でそれを一気に飲んだら…
いや、脱水症状で死ぬかもしれないのでやめておこう。
「ちなみにこの世界ではどちらが高価なものなの?」
もちろんサンダルだよ。とアリスが答える。
「不思議だろ?
こうして2つを並べてみると、どちらが高いかそれはすぐに明らかになるのに、
私はそこにある値段の違いを上手く説明することが出来ないんだ。」
それは神の見えざる手が決定している!なんて話を彼女にしたところで納得しないだろう。
「それならパン職人の一日と、医者の一日を比較してみたらいいと思う。
それでどっちの方がより稼いでいるの?」
「基本的には医者の方に軍配があがる。」
「どうしてそこに差が生まれるんだ?
別に稼ぎは同じでもいいじゃないか。」
「その考えは一見したら平等に見えるかもしれないが、その内実はとても不正義なものだよ。
君も言っていたように銀の分配は貢献度に応じて行われるべきものだ。」
「同じ時間だけ働いたとしても?
貢献度だと君は言うけれど、なにを根拠にしている?」
「やっていることが違うのだから貢献度だって変わってくるさ。」
「サンダルとビールだってモノが全然違うじゃないか。」
キャロルがムッとした表情でこちらを見つめてくる。
彼女と出会ったばかりの俺が言うのもなんだが、これはなかなかレアショットかもしれない。
「そんないじわるなことばかり言っていると、いつか毒の盃を飲み干す羽目になるぞ。」
「ごめん。
俺もこんな押し問答がしたいわけじゃないんだ。」
昨日、ダメな奴認定してきたことに対する仕返しということで、彼女には手打ちにしてもらおう。
「答え合わせになるけど、パン職人と医者が働く一日は同じ一日ではあるけれど、同じ時間を過ごしているわけではないんだ。」
「突然の裏切りだね。」
「医療の提供には人体に対する深い理解と、薬なんかへの幅広い知識が必要になるだろ?」
「そんなにいいもんじゃないけどねー」
そこにいい思い出がなかったのか、アリスの態度は冷ややかである。
確かに中世の医療水準なんて呪術やまじないと変わらないのかも。
「パン職人にも経験は必要だけど、やはり医者の方がその習得と勉強に沢山の時間が費やされているはずだ。
その前提を無視して二人の一日の儲けを同じにしたら、それは不平等だと言える。」
俺が言わんとすることを理解したのかキャロルの口元が緩む。
「小麦よりパンの方が高価なのは、人が小麦に対して時間を費やしているからなんだ。
ビールとサンダルについてもやはり同じで、それが完成するまでに費やされた人の時間でそれぞれの価格が決定する。」
昔読んだ本を参考にして話を組み立ててみたが、どうにかオチがついたのではないか。
「貢献度という言葉は少し抽象的だけど、基本的にその価値が認められているものの多くは、その完成にたくさんの時間が費やされているはずだ。
これが君の質問に対する答えになっているといいのだけれど。」
言わずもがな現実の経済はそんなに単純なものでなく、矛盾する事例がいくらでもあるわけだが…
「そうか、人が持っている時間には価値があったんだな。」
キャロルは味わうように何度もその言葉を反芻する。
「私だって銀それ自体が希少なモノであることは知っていたし、取引をするうえでお金が便利なことも知っていた。
ただ銀貨それ自体がなにを表現しているのかずっと分からなかった。
商品につけられた値札が何を意味しているのか理解出来なかった。」
落馬するのではと心配するくらいに、キャロルは俺に向かって体を乗り出す。
「でも君の説明を聞いてその長年の疑問が全て氷解された。
諦めていた未解決の問題があっさり解決された!」
新しい知に出会う喜びというやつなのか?
クールキャラの彼女に似合わず、ほほを紅潮させて、俺にもそれが伝染するくらい興奮している。
「銀貨の正体は鉱夫の時間なんだな。
だからそれには価値があるし、それを商品と交換することが出来る。
価格の違いが時間の違いならば鉱夫の時間がその差を埋め合わせてくれる。
銀貨は人の労働を凝固し、時間を未来に保存する。」
「ちょっとお二人さん!」
アリスのその言葉は俺にとって助け舟になった。
というのもこの純粋な感動を前にして、どう返事すればいいのか考えあぐねていたのだ。
「私を置いて高尚な世界に仲よく旅たたないで貰えます?」
そう言って足をバタつかせている。
「いや〜そんなつもりは無かったんだ。
ただ彼の話がすごく面白くてね。」
歩調を早めて今度はアリスの横にキャロルはつく。
「銀は人の時間ってやつ?
確かに面白くはあったけど、私には凄く壮大な話だったなー」
「壮大?」
アリスの感想も聞きたくなって、続く言葉を俺は促す。
「だって銀貨なんてそれこそ世界中の人達が使っているんだよ?
顔も名前も知らない鉱夫の時間に思いを巡らして、価格を決めている人なんて殆どいないんじゃないのかな?」
世界というワードまで出てくるとこちらも弱い。
「あくまでもこれは一つの考え方だからね。
というのも人類は完璧な価格理論をまだ完成させていない。
喫茶店のコーヒーだってオヤジの気まぐれでメニューの値段は決まっているし。」
損益分岐点を確認したらあとはだいたいの相場。
これが値付けの実態ではないのか?理論めいたものを現場でたれてもあまり役には立たない。
「それでも人の時間に価値があると考えは私にとって大きな発見だった。
こうして今やっている仕事も見え方が変わった気がする。」
彼女の仕事は現銀輸送の護衛である。
「そうかな?
私は勝手に値札が貼られているみたいでちょっと嫌な気分になったけど。」




