モノの値段は誰が決める?
ギラつく太陽を背にしてラクダにまたがった集団。
人々の服装は異国情緒溢れる原色に近い布地。
地平線まで続く広大な砂漠。
こんな写真を観光雑誌か何かで見たことはあるだろうか?
俺は今そんな世界で主人公をやらせてもらっている。
「あー股が裂けてお尻と合流しちゃうよ!!
このままだとモスクワバレエアカデミーの入団テストに合格しちゃうよ!」
「うるさい山田。
聞いてるこっもしんどくなる。」
隊列の先導を務めているアリスがうんざりした様子で応じる。
俺だって最初からこんな風に不満を撒き散らしていたわけではない。
緊張はしていたが、これから始まる冒険に胸が躍りもしていたのだ。
「跨っているとキツイだよ。常に四股をふんでるみたいで。」
相棒の脇腹を踵でかるく小突く。
「おまけに食い意地もはってるみたいで、道中に生えてるサボテンなんかをいちいち食べようとするから、不規則に揺れてすげー怖いだよ!」
その度に俺は手綱をギュッと握りしめ姿勢維持に努めるもんだから、心労と乳酸が徐々に体に蓄積されていくのだ。
明日は筋肉痛が全身にチェックインすること必至である。
「食欲旺盛なのはいいことだ。
食わなきゃ元気がなくなって立ち往生するからな。」
最後尾のキャロルが呑気そうに言う。
「そういうもんなの?
1日くらい食事を抜いても大丈夫そうだけど。」
このラクダという生き物。
水は5日ばかり抜いても平気なくせに、飯は毎日いるのだから面白い。
「そういえば聞かずじまいだったけど、
アリスが今運んでいるこの荷物、中身はいったい何なんだ?」
ラクダの体に括り付けられた土のうを見ながらたずねる。
「銀だよ。」
アリスが一言。
「銀?
この袋全部に銀が詰まっているのか?
おいおい、袋一つだけでも20キロは優に超えているぞ。」
現金輸送車。という単語が脳裏によぎる。
仕事柄大金に対する耐性は強いが、やはり貴金属には不思議な魔力があるらしく、畏怖に似た変な緊張を抱いてしまう。
「どうしてこんなに大量に運ぶ必要があるんだ?
俺が乗っているラクダだけでも袋4つはついている。」
「だから私のような稼業の人間が同伴しているんだ。」
後ろでかちゃかちゃと金属の音がした。
たぶん剣かなにかをいじってみせたのだろう。
「いや、普通はもっと小分けにして運ぶべきだよ。
リスクマネージメントがなっていないというか、これじゃあガバガバガバナンスだよ。」
盗難のリスクもだが俺達は現在多額の負債を抱えている。
…いや、そんなこと絶対しませんよ。
「勘違いしてるみたいだけど、その袋の中身は純銀じゃなくて原石だよ。
それも含有度の低いクズばかり。」
アリスが騎乗中にも関わらず、くるりと体を反転させて、そのまま逆向きの状態でラクダを器用に操る。
俺が真似したら即座に転落しそう。
「そうなの?
ならほとんどは瓦礫ということか。」
改めて土のうを確認してみると、その外形はごつごつしていた。
中身がインゴットならこんな形にはならない。
「品位の低い石の精錬には特殊な設備が必要だから、定期的にそこへ運ぶ必要があるんだ。」
「ならこれは現銀輸送車じゃないんだね。」
鉱夫にも役割分担があり、補助として採石された鉱物を運搬する仕事が一番キツかったと聞く。
「やっぱり街の主要産業は鉱業なんだなー。」
「急にそんなこと言い出してどうしたの?」
「お金の稼ぎ方だよ。
ずっと考えていたんだけど、やっぱりそこを意識して商売するのが王道なんだと思う。」
それはその通りだとキャロルが後ろで同意する。
「昔アメリカという国でゴールドラッシュといって、金山の開発ラッシュがあったんだ。」
意外な感じがするが、アメリカは今でも金を採掘している。
「そのブームの中で一番儲けた人は金を掘っていた人じゃなく、ツルハシとジーパンを売ってた人達と言われている。」
「ツルハシもバケツもシャベルも、すでに商人によって独占されているよ。」
分かってるよ!と、アリスの茶々を追い返す。
「俺が言いたいのは今やっている仕事も銀という産業に従属しているってことだよ。」
「従属?
いやな言い方をするね。」
目を細くしてムスッとした表情を彼女は浮かべる。
「例えば今回の仕事で得られる報酬って、今運んでいる銀の量よりも少ないわけだろ?」
「もちろん。」
「やはり銀に従属しているね。
これだけじゃなくどの仕事もそれと同じ理屈で動いているはずだ。
つまり鉱夫達が掘り出した銀を頂点に、ピラミッドみたいに産業の階層が下に連綿と続いている。」
「その従属とやらがお金儲けとどう関係するの?」
「街でツルハシを扱っている商人は儲けているだろ?」
「うん。」
「ゴールドラッシュと同じだ。
従属と表現したようにそこには序列があって、銀の採掘における距離が近いほど立場が強く。
その取り分は採掘に対する貢献度で決まる。」
アリスは全然ピンときてない様子である。
「だったらまずはツルハシの価値について考えてみてくれ。
ところでツルハシの役割って具体的になんだと思う?」
「役割って…
岩を砕いて坑道を掘り進める為の道具でしょ。」
「それが壊れるまで続くわけだ。
だからツルハシに対する報酬、貢献度を計算するならその期間に採掘された銀の総量を基礎とすることになる。」
「何だか回りくどい表現だね。」
「でもツルハシはあくまでも道具でそれ単体で機能するわけじゃない。
そこには鉱夫の存在が不可欠だ。だから採掘された銀はツルハシと鉱夫で分け合うのが道理になる。」
「それが一番平等だね。」
「その鉱夫だけど彼らもまたツルハシと同じで単体では機能しない。
代表的なのが食事で激務の後にそれを提供する人達が必要になる。」
「街の食堂で働く人たちだね。」
「ここで取引が発生するわけだけど、重要なのは食堂で働く人達が受け取る銀の量は、鉱夫が採掘した銀の量よりも少ないということだ。」
「じゃないと鉱夫は食事にありつけなくなる。
理屈は私達が今やっている銀の運搬と同じだな。」
キャロルが援護射撃をしてくれる。この話に興味を持ってくれたのかも。
「それじゃあ次は食堂で働く人たちだ。
彼らが作る料理には沢山の食材が必要で、それを店に提供する商人と取引をしないといけない。」
「倉庫街で卸をしている人達か。」
「その卸をしている人達が受け取る報酬は、食堂で働く人達が鉱夫からさきほど受け取った銀よりも少ないものになる。
そして次は卸に野菜を届けた人、野菜を作った農家、みたいに同じようなやりとりが続いていく。」
退屈な話もようやく終点へとたどり着いた。
「このバトンの流れを俯瞰してみると、鉱夫が採掘した銀の総量が全ての取引の起点になり、その取り分は採掘に対する貢献度で決定される。
そして取引の下流にいけばいくほど扱う金額は小さくなるから、そういうポジションで儲けたいなら取引の規模を大きくするしかない。」
紙に図でも書いて説明した方が良かったかもしれない。
言葉だけではやはり難しい。
「お金を稼ぎたいなら鉱夫が銀を掘る上で、役に立つ商品を売るのが効率いいわけだ。
そしてツルハシはその条件を完全に満たしている。
なんだか結論だけを抜き出すと、すごく当たり前のことしか言っていないね。」
「酷いこと言うなー。
例えばこの取引の連鎖をまとめると、産業連関表といって経済を分析する際にとても役立つものが作れるんだぞ。」
この世界に総務省があればそれを入手して分析できたのだが…
いや、待てよ。どこかでそれによく似たものを見たかもしれない。




