第九回 黒い猫
車から見える町は死んだように静かだ。人ひとり歩いていない。まるでゾンビ映画の世界にいるみたいだ。生きている者はわたしと荒井さんのみ。安全な聖域を目指しているがわたしは病魔に冒されていて、時間はいくらも残されていない。未練はないけれども、荒井さんは絶対に助けるからと言って、車を走らせる。死ぬかもしれないと思ったその時、何かの影が目の前に現れる。
「あ、猫だ」
変な妄想中に、何かの影が見えた気がして目を凝らすと猫がいた。一匹ではなく、数匹がうろついている。バックミラーの中で荒井さんが笑った。
「歩く人より猫の方が多くて。港町あるあるで、漁港に近づくとどんどん増える。お姉さん、猫好き?」
一匹の黒い猫がわたしを見ている。何か言いたいことでもあるのか、睨んでいるようにも見えた。
「結構可愛いくて。漁師が魚をやるんで居着いちゃうというか、まあ、自由気ままだね」
黒い猫は睨み続けている。テリトリーに入ってきたよそ者に、腹を立てているのかもしれない。自由気ままというより、ルールを重視している気もする。
猫を通り過ぎ、大きな門が現れる。囚われの象徴だ。一度入ったら出られない。ルールにがんじがらめになる。
「真鶴には、この土地の者とは別に別荘族と呼ばれる、リゾートライフを送ってる人たちがいて、彼らはこの山側に住んで、海や我々を見下ろしている。その門はその一つ」
瀟洒な門だった。奥にはきっと、成功者たちの別荘がいくつもあって、わたしの知らない世界があるのだろう。誕生日は何歳でも沢山の人が祝ってくれて、生きていることを感謝して、幸せに生きていく世界に違いない。羨ましいとは思えなかった。関わる人が増えれば辛いことも増える。わたしには無理だ。
「俺にとっては、成功も失敗も変わらない。ほら、見えてきた」





