第七回 海の香り
マスターが何かを作り始めた。カウンターの上のグラスから葉っぱをむしり、グラスに足して潰している。爽やかだけど濃厚な香りが漂ってきた。ラム酒と炭酸を加えると、わたしの前に置いた。
「うちの店のおすすめ。飲んでみて」
飲む前から青く爽やかな香りがしていて、わたしを不安にさせる。
マスターからむしった葉を手渡された。
「ミントだよ。食べてみて」
ほらほらとせっつかれて、口に含む。舌に当たるざらついた葉の感触。溶ける訳でもなければ滲み出してもこない。ただの葉っぱだ。
「噛まないとわからないよ」
笑うマスターは太陽のようだ。海で焼けているのか自信に溢れた肌色だ。きっと幸せな日々を過ごしているに違いない。
眩しさから逃れたくて噛んでみた。口の中に爽やかな風が通る。確かにミントだ。デザートに飾ってあるのを見たことはあったけれど、食べたこともなかった。
グラスに手を伸ばす。
「モヒート、うまいでしょ」
マスターの作ってくれたモヒートは、ほんのり海の香りがしている。喉に苦みと刺激があって、運転手に連れられて行った、岬の海を思い出した。息が止まりそうだ。
気を紛らわそうと壁の黒板に書かれた、おすすめ料理を読む。
カルパッチョ、バーニャカウダにシーフードカレー。またシーフードカレーだ。
「真鶴って、カレーが名物なの?」
「荒井さんに連れてかれたんでしょ」
タクシー運転手の荒井さんは、お客さんに岬カフェのスペシャルカレーを必ず、勧めるらしい。
荒井さん伊勢エビ好きだからうちのカレーを頼まないのかな、うちのカレーはミントたっぷりなのに、などと独りごちている。
昼間のタクシー運転手は、荒井と言うのか。
乗務員証に名前があったろうに、全く気づかなかった。





