第五回 真鶴駅
仕事場に連絡した。真鶴にいるとは言えず、体調が悪いから病院に行くと伝える。上司の鼻をかむ音が受話器から聞こえた。
「君さ、今月何回目かわかってるか。四回目だよ、四回目。毎週何かしら理由をつけて休まれちゃこっちも困る。わかってるか。代わりはいくらでもいる。わからないんだったら明日から来なくていいから」
四回も休んでいない。今日で二回目だ。上司は何でも倍にする。付き合った女の数も給料も何故か倍にして話す。電話で勝手に首にするのは不当だし、認められることではない。誕生日の地雷を踏んだ今のわたしには、反論する気力もなかった。上司も仕事も人生も、どうでもいい。まずは今にもパン粉になりそうな古いパンに水をやろう。
階段を下りると、改札まで青いトンネルが続いてる。まるで海の中を歩いているようだ。
駅前には何もなかった。嘘じゃない。何もないのだ。駅のキオスクがあるだけで、コンビニもカフェも、ファーストフードも銀行もない。おそらくどんな駅にもあるであろう、便利な生活のために必要な店はなかった。
田舎の駅によくある、無駄に広いロータリーには中央に島みたいな植え込みがある。さつきや松に混じって、鶴の像や岩があるようだ。寂れた活気のない町といった感じだ。道の向こうに、定食屋の看板は見えたけれどもシャッターが降りている。定食屋の向かいにあるのは干物屋だろうか。
「お姉さん、半島行くの?」
手持ち無沙汰に見える、タクシー運転手と目があった。
「次の半島行きは一時間後」
定食屋の前をバスが曲がる姿が見えた。
やれやれ。何もない駅で、一時間どう待てば良いのか。観光するつもりで降りた訳ではないが、一息つきたかった。駅前にないのなら探しに行きたい。バスが出発したばかりならどうしたらよいのだろう。
今日は年老いたことを痛感し、友がいないことを実感し、クビに驚愕し、バスに乗れないことで失望した。忙しい一日である。





