第四回 車窓から
仕事に行くつもりで、電車に乗ったはずだった。わたしが住んでいるのは海のない東京だ。座っているうちに寝込んでしまったのか。一度も目を覚まさなかったとは思えない。自分に問うてもはっきりと思い出せない。間違いなく遅刻だ。上司に大目玉を頂戴する。ティッシュを一箱持っていかねばなるまい。
電車の窓から見える海は空と同じく、ねずみ色だ。波が岩に当たって白くなった。洗濯に似ている。ついでにわたしの心も白くして欲しい。いっそ波のように当たって砕けてしまえたら、と願ってもいた。
波のリズミカルな一連の動きに、逆らうように一隻の船が留まっている。景色が変わる瞬間、漁船なのだと気づく。電車と共に景色は流れて変わる。いくつかの住宅と橋が現れ、海へと続く谷間となった。漠然と見つめていると、窓の外は突如真っ暗になり、惚けたわたしの顔が映った。トンネルに入ったのだ。寝過ごして、今自分がどこにいるのかわからないなんてとんだ失態だ。まさしく寝覚めが悪い。次の駅で降りたら仕事場に連絡しよう。窓ガラスに映る自分にカツを入れる。
ホームでわたしを出迎えたのは、駅舎の上のペンキがすっかり剥げた看板だった。かろうじてわかる大きな虹の麓に、鳥の足らしきものが描いてある。真ん中の赤いものは鳥居だろうか。鳥居の上辺りに文字が書いてある。
『ようこそ、真鶴へ』
よく看板を見た。鳥は羽根を広げた筒のようだ。真鶴とは一体、どこだろう。
舞鶴なら知っている。舞鶴は京都の日本海側にある漁港だ。鶴が舞っているような姿だから、名付けられた土地で、桂とカニを食べに行こうと話していたことがある。
桂。十年も前のことを、いつまで思い出すのか。まだ吹っ切れていない自分に呆れ返る。真鶴がどの辺りにあって、東京からどのくらい離れているのかわからない。電車の中から見えていた海もホームからは見えなかった。





