第二十五回 あだ名
本当に人生は暇つぶしなんだろうか。朝起きてご飯を食べ、仕事に行って、お昼を食べ、仕事をして家に帰り、またご飯を食べる。毎日同じことの繰り返しで、楽しむどころか楽しみさえ見つけられない。
「楽しくないです」
失敗を繰り返すことのどこが楽しいのか、わからなかった。成功しなければ幸せではないし幸せでないなら楽しくない。
「お店をやることは暇つぶしなんですか。自分の楽しみの為に、お店を開いているんですか。お客様に対して失礼にあたりませんか」
真剣にお店を営業している人への冒涜だ。
「僕はいつだって真剣だよ。料理を作る時もお酒を注ぐ時も、シャンパンを開ける時も」
「暇つぶしなんかじゃないじゃないですか」
「真剣な暇つぶしさ。暇つぶしって、暇をつぶすんだ。何もしない時間を失くすことだ。日々の繰り返しだって、何かをしているんだから、立派な暇つぶし。でも、真剣にやれば、楽しい時間になる。名前、聞いたっけ」
「倫子です。倫理の倫と書きます」
「人の倫か。おりんちゃんと呼んであげよう。あだ名は大事だ。軽く生きられるようになる」
林におをつける真鶴は、人の名前にもおをつけるのか。江戸時代かと突っ込みをしたくなった。
名は体を表すというよりも、人生を表す。わたしだって堅い名前だと思っていた。知り合ったばかりの人に、どうこう言われたくない。マスターに対してすっかり幻滅した。
「おりんちゃんも真剣に仕事をすれば、おのずと楽しくなる。もしくは、楽しいことをすればいい。何か好きなことないの、趣味とか」
人はどうして、趣味だとか好きなことだとかしたらいいと言うのだろう。
傷ついた時に母から言われた。わたしにはわからない。みっともない傷を隠して生きていくだけで、精一杯だ。





