第十六回 海
ピーヒョロローとトビの声がする以外、誰もいない。
静けさにいたたまれなくなる。
数段上ってみた。戻ってくるおばあさんと出会うかもしれない。
おばあさんは戻らず、一段上る毎に足が重くなった。
前に進めなくなったところで上るのを諦めた。
階段に腰掛ける。下とは景色が変わり、真鶴港が見えた。
海の色は午前中よりも濃い。藍色だ。
海の中はより濃いかもしれない。きっと闇に近い色で包み込まれるに違いない。想像すると興奮する。
中へ入りたい。わたしを沈めたい。同時に別の想像がよぎった。
揺れだ。
今揺れたら波にさらわれるかもしれない。海まで行かなくても、海の方から近づいてきてくれる。
恋人を待つように揺れと波を待った。
じっと海を見つめて待った。
待っても地震は起きない。
わたしは狛犬だ。
吽のポーズで座っているだけだ。
陽が陰り薄暗くなっても座っている。
誰も来なかった。わたしから行くしかない。
ふらふらと漁港へ向かった。漁港にも誰も居なかった。
海は既に黒く、身を乗り出しても何も見えない。海底が見えたら、引き込まれそうなのに見えないと逆に躊躇する。
本当に海なのか。飛び込んだら水がないかもしれない。
手を伸ばしても海面には届かなかった。わたしの顔が映っているかもわからない。
海面を見つめていると海と一体になれそうな気がしてきた。
目を瞑ってみた。前髪が揺れた。頭が後ろへと引っ張られるような気がした。
風と波と鳥に包まれている。真鶴の空と海の境界線が消えた。





