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ハッピーバースデー  作者: 松本あおい
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第十三回 カレー

「どうぞ。あわびと伊勢エビのカレーだ」


 大きな皿に白いご飯とカレーが、たっぷり盛りつけてある。

 ご飯の上にあわびと伊勢エビが鎮座している。

 伊勢エビは一口サイズのぶつ切りで、紅白の色合いが見事だ。身の繊維も太く、見るからに弾力がありそうだ。

 隣には小さいあわびがスライスされて、仲良く並んでいる。

 すっかり呼吸を忘れた。

 唾液が口の端からこぼれそうになって気づく。豪勢だが、別々に食べた方が美味しいのではないだろうか。


「この辺りのは小さくて。市場に出すより観光客を呼ぶ名物にしようと開発したそう。地元の人は食べないけど、俺はよそ者だし、ご褒美に時々」


 荒井さんの話の間中、カレーの匂いが容赦なく鼻腔をくすぐる。

 腹がぐうと鳴り、恥ずかしさで顔に血が上った。

 何があっても腹は減る。心と腹は別人格だ。認識していても、心と裏腹な動きには辟易する。

 荒井さんは、美味しそうにカレーをほおばっている。

 わたしはぐずぐずとペンダントを触っていたが、カレーの匂いに負け、伊勢エビをすくって口に入れた。

 予想以上だ。

 歯に抵抗する弾力があるのに、すぐにぷつと切れる。噛む毎に広がる甘み。

 身が口内にあるうちに追いカレーだ。辛みと酸味のバランスが伊勢エビの甘みを極上へと押し上げる。

 自然と笑みがこぼれた。

 一度結界を破ればなし崩しになるもの。

 手は止まらずあわびへと伸びた。暖かい色合いを見ているだけでも心が柔らかくなる。

 バターの良い香りが鼻をくすぐり、期待させる。歯をあてると抵抗なく入るほど柔らかい。

 カレーと一緒でも自分を主張している。

 すごいカレーだ。

 それぞれの個性が活かされている。

 猛烈な幸福感に襲われた。

 カレーを口に入れるたび、体が熱くなる。生命が燃えるようだ。

 お林の恵みなのか。特別な隠し味の効果なのか。


「うまいものを食べれば、大抵のことはなんとかなる。死のうなんて考えたら駄目だ」


 カレーを運ぶ手が止まる。

 荒井さんはやはり、わたしの左ほほの傷を見たのだ。

 わたしが自殺するつもりだと思って、カレーを食べさせたのか。

 急にカレーが色あせた。

 行方がわからなくなった一人旅の女性が、いたそうだ。二人目の犠牲者を出したくない。荒井さんの心意気は理解出来る。

 わたしの願いは終わらせることだ。

 何をしたくて何をすべきかなんてわからない。

 人生が嫌なのだ。帰りたくないのだ。生き物が全て輝いているわけではない。

 わたしの生命の火は、燃え尽きそうなのかもしれない。

 カレーの味はどこかへ去った。

 続けて食べる気分にはなれなかった。

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