第六章その4
あの時と同じように一緒にカキ氷やわた飴、りんご飴……どれにしようかな? そう思いながら会場に通じる道を歩いてた時だった。
「米島テメェこんな所で何やってるんだ? 誰が草原とくっついていいって言った?」
笹本だ。ここまで走ってきたのか、やつれた表情で息を切らして汗だくになり、目はギラギラと光らせていた。葵は仰け反りながらもキッと睨みつける、涼は笹本から放たれる異様で威圧的なオーラに思わず尻込みしそうになる、だけど。
「悪いけど、葵は僕の彼女だ……君には渡さないよ」
葵を守れるのは僕だけだ、何があっても絶対に守り抜いてやる。
「そう言えるのも今のうちだぜ、お前の弱点も知ってるからよ!」
笹本は余裕のある表情だ、まさか! そう思った瞬間、背後から背中を思いっ切り蹴飛ばされ、仰向けの状態でコンクリートの地面に激しく顔面を叩きつけられた。鼻から血が出るの感じながら振り向くと鈴木の姿が見えた。
「へへへへへ米島、お前が楽しい青春を送ろうだなんて生意気なんだよ!!」
追い討ちをかけるかのように鈴木は脇腹を蹴り上げる。激痛で起き上がれない、さっき食べたものを戻しそうだ。クソッ! 言うことを聞きやがれ! やっぱり体は鍛えておくべきだった。葵は悲鳴を上げてヒステリックに叫ぶ。
「やめて! なんてことするの!!」
本性を現した笹本は薄ら笑い、見下しながら涼の頭部を踏みつける。
「へへへへへへ、草原……大体こいつのどこがいいんだよ? 顔もたいしてよくないし勉強も運動もできやしねぇ、おまけにいじめられるくらい弱っちいしよぉ……俺のほうが絶対ふさわしいに決まってる! 俺たちに目をつけられるこいつが悪いんだよ!」
「そうそう、小学生の頃は散々調子に乗りやがったからさ、中学で一緒になった時は本当にラッキーだったよ! 誰もこいつを助けようとする奴がいなかったからさ!」
鈴木はヘラヘラ笑いながら言うと、葵は憎悪と敵意の目で二人を見る。
「最低……涼君は……涼君は弱い男の子なんかじゃない! あんたたちなんかよりずっと不器用だけど、優しくて責任感ある男の子なんだから!」
「はははははは! 優しくて責任感のある? そんなの持とうと思えば誰だって持てるんだよ!」
笹本は腹を抱えながら否定すると鈴木も高笑いする。
「そうそう、こんな冴えない奴が君の彼氏だなんて勿体なさ過ぎるよ! こんな虫けらみたいな奴がさ、人並みの幸せなんて生意気なんだよ! 俺はそれを目覚めさせてやってんだから感謝して欲しいくらいだぜ!」
鈴木は踏んでる足を地面に着け、ほんの一瞬だけ隙ができた。涼はそれを見逃さず、躊躇わなかった。涼は素早く鈴木の片足にしがみつく。
「チッ! おわぁあああああっ!」
そのまま転がって転倒させる、仰向けで転倒した鈴木は頭部の強打は免れたが、涼は全体重を肘に集中させて脇腹に躊躇いなく叩き込んだ。
「ぐあっ!!」
「米島テメ――ぐほっ!!」
隙を見せた笹本に葵は手提げ鞄を人中――鼻と唇の間の部分に叩き込み、笹本は悶え苦しむ隙に葵は叫んだ。
「涼君! 逃げるわよ!」
涼は素早く立ち上がり、鼻から出る出血でシャツを汚しながら逃走する。葵は慣れない浴衣と下駄で必死に走る。転んだら大変だ!
「待ちやがれ! 草原、米島、死ねやぁああああっ!!」
笹本は叫びながら追いかけてくる、振り向くと笹本の手に持ってる物が外灯の光に鋭く反射した。バタフライナイフだ! 殺意を剥き出しにして全速力で突っ込んでくる笹本、涼は葵を庇って抱き寄せる。せめて刃が自分の背中が貫通して葵を傷つけないように、と祈りながら抱き締めた。
……刺してこない。
涼は振り向くと、あと一メートルくらいの所で見知らぬ大柄な女の子が笹本の手首を掴んでいた。次の瞬間には一瞬でバタフライナイフを奪って地面に捨てると、格闘技の選手がチンピラを一方的に叩きのめす光景そのままに制圧し、女の子は訊いた。
「二人とも大丈夫?」
「えっと……君は?」
涼は驚きながら訊くと、葵は嬉しそうに名前を呼んだ。
「小倉さん! 来てくれのね!」
「あたしだけじゃないわ!」
小倉さんという女の子が誇らしげに言うと、大地、岡本、睦美、美紀が駆けつけてきてくれて、真っ先に大地が駆け寄る。
「涼、草原! 大丈夫か!?」
「うん……こてんぱんにやられたけど、僕も葵も大丈夫だよ」
涼は微笑んで肯くと、葵は手提げ鞄からポケットティッシュを取り出して血をふき取りながら言う。
「涼君、ごめんね……あたしのために」
「謝る必要はないわ葵、米島君はただ……あなたのことを守っただけよ」
睦美がそう言うと涼は肯いた。
「花崎さんの言う通りだよ。僕は君を守ることができた、そのおかげで過去を乗り越えることができたんだから……まだ弱いままだけど」
「ううん……あたしも弱い子よ、だから……一緒に強くなっていこう!」
葵は目に涙を浮かべながらも精一杯の笑みで肯くと、穏やかな表情で睦美は微笑む。
「お互いに成長を促しあう仲ね……素敵な関係だわ。そういうの……さて、まだ仕事が残ってるわ!」
睦美はいつもの鬼の風紀委員の顔に戻って大地、岡本、美紀、小倉さんに目を向けると四人は肯く。睦美は小倉さんに押さえられ、拘束されたままの笹本を見下ろしながらねっとりとした口調で罵る。
「あなた。よくも私の親友と彼氏に刃を向けたわね……ホント、男として恥かしいと思わないのかしら? イケメンであることを悪用してるってことはあなたはイケメンであること自覚してるナルシストってことね? 気持ち悪い! おまけに下半身に充実だなんてあなた、去勢した方が身のためよ。下半身に脳を寄生されてるんだから、ねぇあなたの性欲の捌け口である女の子に負けた今の気持ち? 聞かせてくれない? いや、言えるわけないよねぇベッドの上でアンアン言わせるのは得意のに――」
睦美は延々と女性特有の湿っぽい口調で罵り、まるで汚物を見るような目で男嫌いの睦美の本領を発揮していた。
一方、鈴木も美紀、岡本、大地に追い詰められて腰を抜かしていた。
「ひ、ひいっ!! き、木崎さん? な、なんで岡本君と一緒に!?」
「そりゃあさぁ……あたしと岡本、あたしの彼氏の友達だからよ。さっきはよくも腹パンしてくれたわね! しかも腎臓肝臓みぞおちにね!」
美紀は怯え、裏返った声で泣きじゃくる鈴木に仕返しとばかりに言い放つと、岡本はガラの悪いヤンキーそのものの口調で胸倉掴んだ。
「おい鈴木、学校では気のいい奴かと思ってたがガッカリしたぜ、俺のダチをいじめたうえにもう一人のダチの彼女を殴るたぁいい度胸じゃねえかコラァッ!! 落とし前つけさせてもらうぞ!!」
「や、やめてくれっ!! お願いだから、乱暴しないでくれえっ!!」
鈴木は必死で命乞いするかのように懇願する。あれだけ涼に暴力を振るってきたのに自分がやられる方になると手の平を返す。全く情けない、自分があんな弱い奴にやられて危うく青春を、いや人生そのものを壊されそうになったとは。
すると大地はドライな口調で訊いた。
「こいつをどうする? 涼、お前が決めてくれ」
涼は溜息吐きながら考える、同じ目に遭わせてやれと言いたいがこいつと同じになりそうで結構考えものだ。だから涼は一言余計なこと言って委ねることにした。
「大地、僕をいじめてる時こいつは言ってた」
涼は少し躊躇いがちに言うと、鈴木はヒステリックな声で喚き散らした。
「やめろ! 言わないでくれ! 言わないで下さい、お願いします! お願い――」
「てめぇは黙ってろ! なんて言ったんだ?」
岡本は鈴木に一喝して訊いた。
「もしいじめてることを誰かに話したり、バレるように振舞ったり、遺書を残して自殺したら……花崎さんや木崎さん、葵にも口では言えないような目に遭わせるって!」
「ひぃやぁあああああああああっ!!」
涼はそう言うと、鈴木はタガが外れたかのように目が血走るほど見開き、断末魔の如く絶叫。
「なんて下劣! みんな、遠慮はいらないわ! この鬼畜外道二人を懲らしめないといけないわ! 葵、米島君! ここは任せて! 早く行きなさい! もうすぐ始まるわ!」
「うん、ありがとう睦美! 涼君、行こう!」
睦美と葵に促され、涼は会場に戻る。その間に汚れた上着の砂を払ってボタンを留めて血で汚れたシャツを隠した。
会場に戻ると屋台でカキ氷を買い、涼はオレンジ、葵はイチゴを選ぶ。
「ねぇ涼君、カキ氷って言ったらやっぱり果物の味に限るよね」
「まあ僕はなんとなく……葵と被らないようにと思ったんだ」
「ええ? どうして?」
葵は口元に笑みを浮かべながら好奇心旺盛な眼差しで見ると、涼はオレンジのカキ氷を一口分取った。
「はい、あーん」
「あ~ん」
葵は涼のカキ氷をぱくっとした瞬間、顔をイチゴ味のカキ氷のように真っ赤にした。
「んんんん!! もう涼君それあたしがするはずなのに!」
カキ氷を飲み込んだ葵は頬を屋台のヨーヨー風船のように頬を膨らませたが、次の瞬間にははにかんだ笑顔で一口分を取った。
「お返し! はい、あ~ん」
「あ、あーん……」
涼はする時も恥かしかったが、される方はもっと恥かしいと思いながらイチゴ味のカキ氷をぱくっとやって、丁度イチゴ味のカキ氷のように赤くなる。
「あはははは、涼君赤くなっちゃって! でもわかったわ……涼君こうしたかったんだし、して欲しかったしょう?」
「……うん、憧れてた」
「やっぱり……あたしもよ」
涼が肯くと葵も微笑む。
奥に進むにつれて人の密度も高まる、涼はふと初デートだった映画館に行った時は手を繋いでなかったと気付く、あの時は睦美が熊本にとんぼ返りしてきたから慌てて帰ったんだっけ? でも、今はもう誰も邪魔する者はいない。
「ねぇ……葵――」
「手、繋ごうか」
「……うん」
葵に先を越されて涼は苦笑しそうになるが、顔に出た表情は素直に嬉しい笑顔で、涼は速まる心臓の鼓動に心地良さを感じながら、葵と指と指を絡ませて恋人繋ぎをする。
そして花火の打ち上げが始まった。
甲高い音と共に天高く昇り、一夜の、ほんの一瞬にしか咲かない、儚く、美しい大輪の花を咲かせた。間近で見ているから太鼓を会心の一撃を叩いたかのように響かせ、やがて夜空に消えて行く。
葵は夜空を彩る打ち上げ花火を見上げ、涼はその横顔を微笑みながら覗き見る。天真爛漫で僕のことを好きでいてくれた可愛くて優しくて、実は寂しがりやな葵と一緒に青春を描いていく。
「綺麗……もうすぐ夏休み終わっちゃうね、寂しいな」
「そうだね、二週間はあいつらに奪われ、失った……その二週間の間に、僕がしっかりしていればもっと楽しいことがあったのに」
涼はあの三人に対して静かな怒りを燃そうとするが、葵は首を横に振った。
「確かに……いくら気にしても戻ってこない。失ったものはもう取り戻せない、だけど……これからだよ! また来年の夏休み、楽しい思い出をたっっっくさん作ればいいから! だから、今しかない今のために精一杯今を楽しもう!」
「今を精一杯?」
「うん、あの人たちも……きっとなにか後悔してることがあったから、エーデルワイス団を作ったと思うの!」
葵の言う通りだ。夜空に打ち上げて大輪の花を咲かせた花火が二度と戻らないように、今という時間は永遠に戻ってこない。それならどうするか? 決まってる、今という一瞬の夜空に綺麗な花火を打ち上げることだ。
「そうだよね。なんだか今まで……君が細高にやってくる前、僕はただただ淡々とした時間を過ごしてきた。平和だけど周りの空気読んで退屈に過ごしてきた……でも、もう後悔したくない……今しかない今のために精一杯、全力で駆け抜ける……そして、思い出という誰にも手に入れられない、自分たちだけの宝物を作る!」
「ぷっふふふふふふふふ……クサイ台詞!」
葵は吹き出して笑うが、晴れやかな笑顔で言う。
「でも、好きだよそういうの! だって今日の花火の思い出は、今日しかないから!」
その晴れやかで笑顔と澄み切った瞳の輝き、涼は葵の腰に腕を回した。
「……ねぇ葵、今ならさぁ……みんな花火……見てるから」
「大丈夫よ、あたしたちみたいな人……他にもいるからさ」
葵は艶やかな笑みを浮かべながら言うと、涼の耳元で囁いた。
「キスしようか」
同い年の女の子とは思えない程、官能的な囁きだった。涼は思わず周囲を見回そうかと思ったが、そんなこと気にする必要がどこにある? そう思いとどまり、涼は葵を見つめる。少し、近づければ触れられそうな距離だ。
葵は目を閉じると涼もゆっくりと顔を近づけ、葵の柔らかい唇に触れた。夏の夜空に咲き乱れる花火を背景に唇を重ねた涼は、まるで時間が止まったかのような感じがした。
ずっとこの時が続いて欲しいと願うくらいだった。
どれくらい時間が経ったのかわからない、キスを重ねた二人はあまりにもの恥かしさに微笑みを交わした。
「やっぱり、ファーストキスって……恥かしいけど、嬉しいね」
「僕も……初めてだから、こんなことができるって幸せだよ」
「涼君とあたしが掴んだ幸せよ、これからも続いていけるように頑張って、守っていこうね」
「うん、僕たちが出会い、心を通わせ、一度は離れ離れになったけど……また君と出会って、一緒になり、試練を乗り越えて……今日と言う日に辿り着いた。これはきっと……奇跡だと思うよ」
涼と葵はおでこをこつんとくっつける。インターバルを挟んで数年前の大ヒットアニメ映画の劇中歌が流れる。
葵に身を委ねられた涼は優しく寄り添って一緒に、無言で見上げる。一瞬一瞬の花を咲かせては消えていく花火を目に焼き付ける。
次の瞬間には二度と戻らない、果てしなく遠い夏の夜空を見上げるのに言葉は必要なかった。




