第六章その3
「岡本君、鬼頭君、ありがとう!」
涼は上江津湖と下江津湖を結ぶ加勢川の橋、熊本市動植物園付近でバイクを降りると、ヘルメットを脱いで手短に礼を言う。
「お礼はいいから早く行け!!」
「俺と岡本は適当な所にバイクを置いてくる、走れ涼!! 絶対に振り向くな!! お前のおかげで今の俺たちがいるんだ!! 急げ!!」
岡本と鬼頭に急かされ、涼は大地と一緒に走り出す。五〇メートルも走ってないのにたちまち汗が噴き出した。クソッ! 大地の言う通り運動しておくべきだった! 二学期になったら自転車通学に切り替えよう! 涼は自分のスタミナのなさを悔いながら走る。
「ねぇ、あたしのこと……覚えてる?」
付き合い始めたばかりの頃、葵はそう言ってた。でも今なら言える、葵とは以前にも会ったことがある、初めて会った時も夏祭りの夜だった。幼い頃、涼は人見知りで恥かしがりやな子どもだった。
あれはまだ小学校低学年の頃、平成二二年を最後に中止された『火の国まつり』のメインイベント――熊本城の花火大会の時だ。涼は兄や両親とはぐれ、オドオドしながら心細い思いで家族を探していた時だった。
人混みの中、同じように不安な表情で今にも泣き出しそうな表情でいる浴衣姿の女の子を見つけたのだ。涼はその子と目が合い、一目でこの子は僕と同じだ直感すると、勇気を振り絞って精一杯の言葉をかけた。
「ねぇ……君も迷子?」
「うん……お母さんとはぐれちゃったの」
「僕もなんだ……ねぇ……一人で見るくらいならさ、一緒に見よう!」
涼はその子に一目惚れだった。学校にいる女の子たちとはまるで違う、可愛いとかいうものでもなく、大人びているというのでもなく、とても言葉では言い表せなかった。その女の子は少し驚いた表情で涼を見つめる。
「一緒に?」
「うん! 一人より一緒に見た方が、きっと寂しくないよ!」
涼は恥かしさを堪えながら、快活だった兄のように振る舞って断言した。女の子は目を丸くして涼を見つめ、やがて真夏の太陽の下に咲くひまわりような笑みに変わった。
「うん! 一緒なら寂しくない、君の言う通りだね!」
涼は一瞬でその女の子のことが好きになり、とても恥かしくてモジモジしてるとほぼ同時にお腹が鳴って思わず微笑みながら涼は言った。
「……お腹空いてない? 一緒に何か食べよ!」
「うん! 食べよ食べよ!」
そしてその女の子と一緒に屋台を食べて回り、一緒に花火を見た。花火大会の後、女の子の両親が見つかって涼もやっと見つけると、そこで別れた。結局、名前を訊くこともできなかったが今なら言える。
間違いなくあの子は葵だった。
花火大会の会場に到着する頃には辺りは暗く、スマホで場所を教えてもらっても実際に見つけるのは難しい。肺と心臓が悲鳴を上げ、全身から汗が噴き出して水分を欲しがっていると、大地はスポーツドリンクを渡した。
「涼! こいつを持って行け! あとはお前が見つけろ、俺は美紀の所へ行く!」
「ありがとう大地、美紀とのデート。楽しんできてね!」
「余計な気遣いは無用だ! お前こそ気をつけろよ!」
「大丈夫、もう怖がったりなんかしない。僕が葵を守らなくちゃいけないんだ! それじゃあ!」
涼は会場内に入る、幼い頃迷子になった涼を探していた両親や兄もこんな気持ちだったのかもしれない。両親はともかく兄の気持ちはもう訊くことはできない、だけど兄は言ってくれた。
「涼、泣きそうな子に声をかけたお前は本当に立派だ。今日のように、恐れずに向かっていけば何だってできる」
そうだ、その言葉がきっかけで小学校高学年の頃はガキ大将となって様変わりした。大地、岡本、鬼頭、美紀は僕のおかげで今の自分がいると言ってたように、僕も葵と出会えたから今の僕がいる。
そして、これからは葵と共に二度と戻らない今を精一杯駆け抜けるんだ! どこにいる? さっき久し振りにスマホで葵に連絡して居場所訊いた、この辺りにいるはずだが人があまりにも多過ぎる。
どこだ、どこにいる!? もう時間があまり残されてない。いや、ここは落ち着け、落ち着いて探すんだ。涼は大地からもらったスポーツドリンクを開けて五〇〇ミリリットルボトルの半分を飲み干すと少しは落ち着いた。
目を見開いて凝らす、きっと心細い気持ちで一人で歩いてるはずだ。周囲を見回すと人混みの中、微かにその横顔が見え、一瞬だけ葵がいたような気がした。
涼は迷わず、その方向に向けて思いっ切り叫んだ。
「葵いいいいいぃぃぃーっ!!」
視線がたちまち涼に集まってくる、以前だったら萎縮していただろう。でも今はもう違う、だって自分のことを今日まで待ってくれた女の子がここにいるからだ! 涼の視線の先に、まるで夢を見てるかのような表情の葵が立っていた。
水色を基調としたムギワラギクの花で彩られた浴衣姿に、ブーゲンビリアの髪飾りでセミロングの髪を纏め上げ、浴衣美人という言葉にふさわしかった。
「涼君!!」
涼に気付いた葵も叫びながら涙を零し、涼は葵のところまで駆け寄って抱き締めた。
「葵! ごめんね、ずっと待たせて」
「遅いよぉ……涼君、女の子を待たせるなんて」
葵は上ずった声で涼の胸に顔を埋める。
「悪かった。でも……思い出したよ! 葵……君は昔、僕と一緒に熊本城で花火を見た。そして僕は沢山の子たちに手を差し伸べ、恐れずに向かっていった。僕が今こうしてここにいるのは、君のおかげなんだ!!」
「やっと、思い出してくれたんだね……あたしね、今まで生きてて……忘れたい思い出沢山あるけど……涼君と二人で見た花火、これだけは一生忘れたくなかった思い出なの!」
葵はポロポロと涙を流しながらも、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。涼は安堵して今度は優しく抱き締めると、葵も優しく抱き締めてくれた。打ち上げまでまだ時間がある、さっきまで緊迫していて、安堵した途端に緊張が解けたのか腹の虫が鳴った。
「あっ……お腹空いちゃったね、何か食べようか」
「うん、いっぱい食べよう」
葵は肯くとあの時のように屋台の焼き鳥や焼きそばを買って食べ、口直しに一度コンビニまで行って野菜ジュースを買い飲みした。




