第五章その2
葵を家まで送り、大地は気遣って言う。
「草原、今はゆっくり休め……俺たちが絶対になんとかしてやる」
「そうよ! あんな卑劣な男、葵なんかには渡さないわ……何かあったら、連絡して! 絶対よ!」
睦美も強く言うと葵は力なく肯いた。
「うん……みんな、ありがとう」
葵によれば笹本は用がある時のために連絡先を交換してあるらしい。葵が家に入ってしばらくすると、大地は二人と目を合わせて肯き合う。睦美の家に上がってリビングで今後のことを話し合う、大地はずっと疑問に思ってたことを口にする。
「みんな、このタイミングで涼が体調不良になるのは不自然だ。あいつに体力があるとは言い難いが入学してからは風邪知らずだ、夏風邪を引いたとも考えにくい!」
「確かに、このタイミングで風邪を引くのは妙だわ……今朝葵と登校してきた時も健康そのものだったわ」
睦美も肯くと、美紀は首を傾げながら言う。
「ねぇ……涼を連れて行った菊本、葵を脅した笹本と仲がいいよね? もしかしてさぁ……誰かがあたしと大地が呼び出し喰らうような話しを誰かが流して、切り離したんじゃないの?」
「そういえば! 今日の放課後、高森先生から言われたの! 昨日匿名であなたが友達と学校を混乱に陥れようとしてるって! 高森先生は私のこと信頼してくれたから、多分悪戯だと思ってたけどって」
睦美もハッとして言うと、大地は眉を顰めた。どうやら何者か知らないが偽の情報を流して五人をバラバラにし、更に涼と葵を二人だけにした。美紀は推測を口にする。
「だとしたら! 菊本が涼を葵から離して、葵は単独になったところを! 誤算だったのは睦美が高森先生に信頼されてたからわざわざ呼び出さずに訊いたということね!」
「今回ばかりは高森先生に感謝だな美紀、お前あの先生苦手だろ?」
大地が美紀をジッと見て言うと、美紀は図星だとギクッとした。
「そ、そうだけどさぁ……ええっと、これからどうする?」
「俺は今から涼の家に直接見舞いに行く。花崎、お前は親友として……草原の傍にいて守ってやってくれ!」
大地が言うと、睦美は自信満々な様子で肯いた。
「当然よ! 絶対に葵のこと、指一本触れさせはしないわ!」
頼もしい奴だと、大地は肯く。
「頼む、だがくれぐれも無茶するな! 美紀、可能な限り協力してくれる奴とあの二人の情報を集めてくれ! 笹本と菊本の情報や友達関係、どこの中学に行って何をしてたか、些細な情報でもいい!」
「OK任せて! 女子サッカー部に情報通の子がいるし、小中学校の友達も集めるわ」
「よし、俺も小中学生の頃の友達と連絡を取って今から行ってくる! 頼んだぞ!」
大地はそう言って睦美の家を出ると、水前寺駅へ向かいながら岡本に電話する。
『もしもし、どうした土谷?』
「岡本、非常事態だ! すぐにできるだけ人を集めて欲しい!」
大地は岡本に簡単に説明した。
『その笹本って奴、露悪趣味なジャンルのエロ本かエロ動画の見過ぎじゃね?』
「俺もそう思う。涼の様子が変だ、今から家に向うところだ!」
『そうか、わかった。涼と彼女がピンチならきっと集まってくれるさ!』
「また連絡する!」
電話を切ると大地は急いで熊本市電の電停へと向かうと、雨が降り始めた。
痛む体を引き摺って家に帰り着き、母親に見つからないように泥と雨水に汚れた制服を洗濯機に入れて着替え、部屋に篭ってベッドに寝転がって布団被ると自分の弱さと不甲斐なさ、情けなさにボロボロと泣き出して自分の運命を呪った。
「なんで? どうして? やっと……やっとこれから楽しい日々が始まるかと……思ったのに、やっぱり僕が……みんなに迷惑をかけてるのに気付かないまま……」
涼は小学生の頃、深く考えずに考えるよりも体が全力で、後先考えずに突っ走るガキ大将だった。
時には先生や親、クラスメイトたちを巻き込んで差別やいじめられていた子を全力で救い、時には馬鹿騒ぎや悪戯騒ぎを起こして先生や親に怒られたこともあった。女の子に告白された時もあったが、その時はどうしていいかわからずフったこともあった。
あの頃はクラスの人気者でみんな僕を慕ってくれた。
中学進学を機に隣の校区に引越し、みんなと違う学校に行くことになり、僕はそこで陰湿で凄惨ないじめを受けて正反対の三年間を過ごした。前から僕のことを妬んでた奴が、あることないことをまくし立てて悪い噂を流し、孤立させることから始まった。
そいつは用意周到だった。仲良くなった奴や声をかけた奴に嘘の噂を流し、入学して数ヶ月経つ頃には一人ぼっちになり、あちこちからヒソヒソと話し声が聞えた。その間はそいつは優しく接したが全て嘘だった。
ある日を境に豹変し、暴行、パシリ……思い出すだけでも吐きそうな記憶で埋め尽くされた。その間に兄は自殺とも、変死とも言える最期を遂げた。そいつは「兄が死んだのはお前がしっかりしてないからだとか!!」「お前は兄を殺した!」と何度も何度も追い詰められた。
そして高校に入り、出る杭は打たれると怯えながら退屈で平和な日々を過ごしてた。葵が来てから楽しくて騒がしい日常に変わって掛け替えのない思い出もできたのに。
どうしてこんな時にまた現れるんだ……。
そう思ってた時、呼び鈴が鳴ってビクッ! として震える。またあいつらか? でも出ないと家のガラス割って入ってくるかも? そう思いながら恐る恐る少し開けると大地だった。
「涼……大丈夫か? 気分は?」
「ごめん、今……キツくて、体中が痛いんだ……」
嘘は言ってない、だがもし喋って先生の耳に入れば絶対に鈴木や菊本たちに伝わる。そうなったら葵、大地、美紀、睦美もこの楽しい日々が壊されるどころか、心に一生モノの深い傷を負わされ、人生を滅茶苦茶に壊されてしまう。
「おい! 体中が痛いって、今朝はあんなに元気だったのに! お前……誰かにやられたな?」
図星で何も言えない、必死で涼は首を振る。
「ごめん……今は……何も言えない!」
「……そうか、涼……落ち着いたらLINEでもいいから連絡しろ、草原も――草原も心配してる」
「ごめん……大地、しばらくの間……葵のことお願い」
「わかった……また来る、くれぐれも無理するなよ」
大地がそう言ってゆっくり扉を閉め、自室のベッドに戻って静かに泣いた。
大地や葵が心配してくれるのに話す勇気がなかったことを、一人では何もできずに弱い自分の不甲斐なさに、涙が止まらなかった。小学生の頃、何か問題が起これば必ず盛大にみんなを巻き込んで全力でぶつかっていたこと、冷静に考えれば小学生の頃の自分はガキ大将であると同時に問題児だった。
そうか、これはその報いだったんだ……。
翌日になると睦美、大地、美紀の高校や小中学生時代の友達たちが睦美の家に集まり、睦美は開いた口が塞がらなかった。
「よ、米島君って……こんなに友達がいたの!?」
「うーんみんな友達の友達も連れてきちゃったみたい、夏休みだからさぁ」
苦笑しながら美紀は広い和室を見渡す。集合場所は比較的広い睦美の家で三〇人くらいは集まっている。狭くなった部屋でお互いに初対面の挨拶で自己紹介し合ったり、久し振りの再会で近況を話したりしている。
次第に気の合う者同士や、仲のいい者同士で座って話していきグループができる。
専業主婦の母親は驚きのあまり、呆然と突っ立っていた。
「睦美……まさかあなたこんなに友達がいたなんて」
「正確には友達の友達もいるのよ、できるだけ人を集めてって言ったけど」
「あらあらまあまあ、飲み物用意するわね」
「いいえ、自分たちのことくらい自分でやるわ」
睦美は苦笑しながら言うと、母親は周囲を見回して微笑む。
「そう……あたしは出かけるから、友達を助けるために集まるのはいいけど、部屋は綺麗に使ってね」
「ありがとう、お母さん」
睦美は母親に感謝すると家を外出に出かけた。大地が手を叩くと普段は呟くような口調だが、今日はみんなに聞えるように通った声で話す。
「みんな、初対面や再会の挨拶してるところ悪いが、俺の話しを聞いてくれ!」
みんな静まり返り、視線が大地に集まってくると両隣には大地の友人である岡本修也たち五人の男子が並んでいる。真面目そうな人もいれば明らかに悪そうな不良っぽい奴もいた。
今日は集まってくれてありがとう! 聞いていると思うが俺の友達である米島涼。
小学生の頃知ってる奴もいれば話しを聞いただけの奴や、全く知らない奴もいるだろう! だが、俺たち六人はみんな……涼に支えられ、助けられ、救われた。俺たち六人が今こうしてここにいるのは……涼のおかげだ! 涼は俺たちとは違う中学校に行って細高で再会した。
そして再会した細高で涼は変わってしまった! きっと何か辛いことがあったのかもしれない、何か耐え難いトラウマを背負ったのかもしれない、涼は思い出して話すことも拒むほどだった。
この夏休み、俺たちのクラスに転校してきた草原葵は涼と付き合い、涼の心を救ってくれた。俺たちにとってはまさに……天使そのものだった……だが、その天使の翼を圧し折り、涼のトラウマを噴出させる輩が現れた! 今ここで奴らの思い通りにさせたら、それこそ二人とも心に一生に深い傷を背負い続けることになる!
涼と草原、傍から見れば冴えない奴と転校生の可愛い女の子という不釣合いな二人……嫉妬の感情を抱くかもしれない、笑いたくなるのかもしれない、だが! 二人は俺に、俺たちに大切な思い出をくれた。
ずっと好きだった幼馴染に思いを伝えることができた!
今度は俺たちが助ける番だ! 俺たち六人が、助ける番だということ! どうかみんな、ほんの少しでもいい! 力を……力を貸してくれ!!




