第五章その1
第五章、どうしてこんな時にまた現れるんだ……。
一泊旅行が終わってからもみんなで集まって祭りに行ったり、遊びに行ったりして夏休みも残り半分になろうとした登校日。
その日は普通に過ぎ去っていく、はずだった。
「それじゃあみんな、残りの夏休み……くれぐれもハメを外してやらかさないように、それと土谷君、木崎さん、ちょっと一緒に来てくれる?」
涼は玲子先生の注意を適当に聞き流したが、大地と美紀が玲子先生に呼び出された。
「悪い涼、先に行ってくれ」
「ごめん、葵と睦美にも伝えておいて」
本当ならみんなでランチにしようと思ったが仕方ない。今日は葵と花崎さんと三人でランチかな? と思った時、タイミングを見計らったかのようにクラスメイトの菊本が声をかけてきた。
「なぁなぁ米島君、ちょっといいかな?」
「な、なんだい菊本君?」
「いやさぁ、君に会いたいって奴がいるんだ。ちょっと一緒に来てくれないか? 時間取らせないからさぁ」
「それなら、いいけど……ごめん葵、先に花崎さんと行ってて」
涼は振り向いて言うと葵は「わかった」と言って教室を出た。涼は菊本に言われるがままついて行き、校門を出て人気の少ない場所に連れて行かれ、嫌な予感がした。
「よぉ米島、久し振りだな」
後ろから声をかけられると、振り向く前に予感が的中して背中が凍り付いた。まさか、聞き違いじゃないのか? そう思ってると菊本は親しげに他校の友達と挨拶を交わす。
「あらら鈴木君、後ろにいたのかい? 脅かさないで欲しいな」
「米島の方を脅かそうと思ったんだよ、悪く思わないでくれ」
聞き間違いじゃない! 息が詰まって気が遠くなりそうだった。声の似た他人であって欲しいと思いながら、全身の関節が錆びついたロボットのように振り向いた。
「米島、お前友達や可愛い彼女もできて充実した高校生活送ってるんだって」
鈴木良一は表向きは明るく、ノリのいいクラスのムードメーカーで屈託のない笑みを浮かべてるが、本性は虫を嬲り殺すのに飽き足らず弱い者を見つけては弄び、涼もゲーム感覚でいじめ、いやそれより酷い事もされた。
「なぁ米島、久し振りに一緒に遊ぼうぜ!」
鈴木の悪意に満ちた笑顔で涼は封印していた記憶が一気に蘇り、巨大な津波のように押し寄せてきて脳内がパンク、まだ昼食を食べてないのに胃から込み上げてくるものが押さえられず、その場で嘔吐した。
「うわっだっせえっ! こいつ嘔吐したぜ鈴木君、すぐ吐くやつだったっけ?」
「いいや、大方昔のこと思い出してビビッて吐いたんだろう、キモッ、ほら来いよ!」
涼は成す術もなく、言われるがまま連れて行かれた。
その頃、睦美は葵と合流して久し振りに二人で昼食にしようと思った。涼には悪いが、親友と――いや美紀も入れて三人で女子会みたいなことがしたい。なんか大人っぽくていいかも? そう思ってた時だった。
「草原さん草原さん!」
後ろから男子生徒が声をかけてきた。葵と一緒に振り向くと、葵のクラスメイトである笹本滝雄で、睦美は一瞬で警戒レベルを最大クラスに引き上げ訊いた。
「笹本君ね? 葵に何か用?」
「いや……実はちょっと二人で話したいことがあるんだ」
「ええでもあたし彼氏いるから、ごめんなさい!」
葵はきっぱりと断ると睦美はそのタイミングを見逃さず、葵の肩に背中を回した。
「帰りましょう葵、みんなが――」
「それじゃないんだよ、草原さん! ちょっとここでは話しにくいんだ、悪いけど花崎さんちょっと席を外してくれないかな?」
笹本は両手を合わせて懇願する、睦美はジッと睨みつけて言った。
「わかったわ……但し五分だけ待つわ!」
「すまない! ありがとう、ここで待っててくれ!」
笹本はお礼を言って頭を下げると、葵と目を合わせてどこかに連れて行った。五分経って戻ってくると、笹本は屈託のない笑みで言った。
「すまない草原さん、花崎さん、時間を取らせちゃって!」
「……やっぱり告白? それとも……サプライズ?」
睦美は訊くと葵は苦笑しながら言った。
「あははははサプライズな告白だったよ、勿論断ったけどね」
やはり! 思った通り! この男は葵に弱みを握って脅迫している。睦美は悟られないよう、笹本と目を合わせずに表面上はホッと胸を撫で下ろした。
「そう……まあそんなことすれば……米島君も黙っちゃいないわ」
「ええ米島が? 草原さんと釣り合うかな? それじゃ、また今度!」
そう言って笹本は去って行った。
また今度ということは会う約束をしたらしい、葵を見ると平静を装ってるが、微かに青褪めて瞳から光が消えようとしていた。
「葵、隠さなくてもわかってるわ……脅されてるんでしょ?」
睦美はもし、葵が下衆な男に脅された時のために用意しておいたのだ。サプライズな告白は脅迫されてるということの暗号だ。葵は震えて怯えながら肯いた。
「うん……あたしが……平田七海だってみんなに告白したあの日……盗み聞きして……録音してたの」
睦美は拳を握り締めた。乙女の告白を盗聴して録音、なんて卑劣な! 睦美は周囲に人がいないことを確認しながら葵に続けるように促す。
「続けて、それだけじゃないはずよ」
「それだけじゃないの……睦美が熊本にとんぼ返りしてきた夜、覚えてる? あの夜、涼君とのデートで映画を見に行ったの……夜、一緒の映画館を出てくるところも……撮られたちゃった……引退した平田七海が男を作って深夜徘徊や不純異性交遊してるって、マスコミや先生にバラされたらここにはいられなくなる……バラされたくなかったら……」
「それ以上言わなくていいわ!」
睦美は腸が煮えくり返り、頭の中で一〇万年以上眠っていた火山が破局噴火を起こしそうだった。今まで感じたことのないほどの怒りは、葵のことになると熱くなる睦美でさえ、それを通り越してかえって冷静になってしまうほどだった。
「あたしのことはいいわ。涼君のこと……あたしの熱狂的なファンのSNSに書き込みしたら刺されるだろうって……あたしのせいで、涼君が――」
「葵! あたしたちが葵と米島君を守るわ!」
睦美は葵の両肩を掴んでハッキリ言い聞かせると、スマホを取り出してメッセージを送信する。
「すぐにみんなと合流とするわよ!」
睦美は葵を連れて歩き出す、大地と美紀は職員室横の応接室前にいるという。
「二人とも、何か悪いことしたの?」
睦美は応接室前にいる大地と美紀に聞くと、首を傾げながら美紀は否定する。
「いや実は玲子先生から……エーデルワイス団のことについて聞かされたんだ、匿名で俺と美紀がエーデルワイス団を作って学校を混乱に陥れようとしてるって」
大地が言うと美紀は周囲を見回して小声で言った。
「記録を見つけたのは伏せてるけど、あたしたちのことを誰かが見てるみたい」
「……心当たりがあるわ、場所を変えましょう!」
睦美は葵の手を引っ張って学校を出ると今日のことを話し、美紀は静かに怒りの炎を燃やしていた。
「酷い……なんてこと、葵はただ普通の女の子になって……友達作って……恋をしたかっただけなのに……許せない!」
「ああ、それと……さっきから何度も涼にLINEと電話をしてるのに繋がらない」
大地は不安げな表情を露にしてる、確かにこんな時に涼と連絡がつかないのだ。おかしいと思ってると頭の回転に優れた美紀が言い出した。
「まさか、涼に何かあった?」
「そういえば……ホームルームが終わった後、菊本君が誰かに会わせたいとか言ってどこかに連れて行ったよ……まさか」
葵がそう言った時、大地がスマホを取り出すと「涼からか!?」と叫んで葵は大地のスマホを覗き込む。
「心配かけてごめん……体調が悪いからしばらく休む?」
葵が読み上げるがこのタイミングで? すると大地は安堵したようで返信する。
「しばらく休むか……とりあえず今日は草原を送って今日は解散しよう」
大地が安心してるようなら彼も大丈夫だろう、それにしてもだらしない彼氏だと睦美は不満を抱いた。
涼はうつ伏せで背中を菊本に踏まれていた。
首から下をサンドバックにされ、引き倒され、傷や痣だらけになってメッセージを送信する。正確には送信させられたと言うべきだ、学校近くの人気のない公園で再会のお祝いにと、殴る蹴るのリンチされ、地面に引き倒されたままスマホで「何もない」と送れと強要された。
送信を確認した菊本は背中に体重をかけながら言った。
「よーし送ったな……さて、鈴木君送ったらやめるって言ったよね?」
「うん、それをさぁ……なかったことにしよう!」
鈴木は嬉しそうに笑いながらリンチを再会。そういえば中学の頃、金を持って来たらいじめをやめてやるとか言って渡したらつけあがったり、忘れたと言ってもっと酷いことをしたんだっけ? 空腹と全身の痛みで何も感じなくなると、涼は前髪を掴まれた。
「おい、米島さぁ……何で可愛い彼女とか作って楽しい高校生活送ってるの? 馬鹿じゃねぇの? しかも平田七海と付き合ってよ、いいご身分だよなぁっ!」
鈴木に頭突きされて涼の鼻から出血した。
「ははははははははっ! 悪いね米島君、今まで大人しくしてりゃ鈴木君にチクるようなことしなかったのによっ!」
「そういや菊もっちゃん、米島のこと教えてたのになんで今まで同じクラスだって言わなかったんだ?」
「ああ、実はね。いくら初対面で大人しくしてる奴でムカついたわけでもないし、お前がいじめてたという理由じゃ理由にならなかったんだよ。でもよ……こいつ夏休み前に転校してきた平田七海と付き合ってムカついたからさぁ、教えたんだよ!」
つまり菊本はいつでも涼を中学時代の地獄の日々に引き摺り戻すことができたということだ。鈴木は涼を引き倒し、背中を踏みつけた。
「菊もっちゃん、酷いなぁ! まっでも米島から見れば優しい人だよな? おい米島、もしも今日のこと誰かに言ったらさぁ……お前の彼女や友達みんなを酷い目に遭わせるからな、そうだなぁ……どうしよう菊もっちゃん?」
「友達や彼女四人とも拉致ってさぁ、まず土谷の目の前で彼女の木崎を俺の仲間と輪姦してやろうぜ! ついでに平田七海――本名草原っていうんだけどよ、そいつの目の前で仲のいい花崎も輪姦しまくろう! 花崎って美人だけど男嫌いの風紀委員でさぁ……飢えてる奴らも呼ぼうぜ! 仕上げは米島の目の前で大切な人を穢して蹂躙しまくろう!」
菊本は楽しそうに話し、背筋が凍りつきそうだった。なんて恐ろしいことを考えてる奴だ、あいつが学校にいること自体が危険だ。鈴木もさすがに苦笑する。
「うはぁっ菊もっちゃん、ハード系のエロ漫画が好きっては聞いてるけど読みすぎじゃん? でもいいんじゃね?」
「妄想だよ妄想、話すだけでドン引きものだけど、さすがに実行するのはマズイでしょ? やるとすればチクった米島が悪いし!」
「そうだよな、もしも三人が妊娠がしたら米島と土谷がヤったってことしよう! というわけだ。もし誰かに話したり、ワザとバレるように振舞ったり、遺書を残して自殺したら、今のこと……本当にやっちまうからな!」
鈴木は無邪気な笑顔で言い放った。




