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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第8話 月に一度の客

シャロウが研究棟へ来て、五日目の朝。


 食堂では、有紗と紫音の向かいで、シャロウが朝食のスープを飲んでいた。


 最初の朝とは違い、もう誰も、彼がそこにいることを不自然には思っていない。


「今日は、旧排水路の奥を確認します」


 紫音が食後のお茶を飲みながら告げる。


「昨日も見ただろ」


「昨日確認したのは、外壁側から三つ目の分岐までです。その先に崩落箇所があります」


「獣の痕跡はなかった」


「あなたが見落としていないという保証はありません」


「お前よりは当てになる」


「……聞き捨てなりませんね」


「朝から喧嘩しないで」


 有紗が困ったように二人を見た。


 その時、玄関の鈴が鳴った。


「あら、お早いですね」


 リネットは、誰が来たのか分かっているように食堂を出ていく。


「焼き菓子は、まだ冷ましているところですよ」


 廊下へ向かって付け加えると、近づいていた足音が一度止まった。


「焼き菓子のために早く来たわけではない」


 平坦な声が返ってくる。


 間もなく、食堂へ小柄な少女が入ってきた。


 長い銀髪に、紫色の瞳。


 白と淡紫を基調とした大きな研究用外套をまとい、頭には猫の耳を模したフードを被っている。首には丸いレンズのゴーグルを下げ、腰には色の異なる液体を収めた小さな試験管が並んでいた。


 片腕には分厚い記録端末を抱え、もう片方の手で大きな器具箱を提げている。


「シンシア!」


 有紗の顔が明るくなった。


「今日は早かったんだね」


「予定より二時間早く着いた」


「それは、予定を守っていないということでは?」


 紫音が言う。


「到着した時刻が、今日の正しい予定」


「勝手に予定を書き換えないでください」


 シンシアは紫音の言葉を聞き流し、食卓へ視線を移した。


 シャロウを見つけると、足を止める。


「知らない人がいる」


「こっちの台詞だ」


 シャロウもスープの匙を止め、シンシアを見た。


「……誰だ、このガキ」


 シンシアの紫色の瞳が、すっと細くなった。


「ガキじゃない」


 先ほどまで平坦だった声が、明らかに低くなる。


「外見だけを根拠に年齢を推定するのは不正確。私は子供ではないし、初対面の相手から幼児と同等の呼称を用いられる理由もない。訂正して」


 予想以上の勢いに押され、シャロウが僅かに身を引いた。


挿絵(By みてみん)


「……悪かったよ」


「訂正して」


「ガキじゃ……ないです」


「よろしい」


 シンシアは短く頷いた。


 シャロウは、自分がなぜ敬語を使ったのか分からないような顔をしたあと、改めて彼女を見た。


「ところで、お前、いったい何歳なんだよ」


「十九歳」


「…………は?」


「有紗より一つ上」


 シャロウはシンシアを見たあと、隣にいる有紗へ視線を移した。


「嘘だろ」


「本当だよ」


 有紗が頷く。


「シンシアの方がお姉さんなの」


「……見えねえ」


 シンシアの目が、再び細くなった。


「だから、外見だけで年齢を推定するのは不正確」


「悪かったって」


「二回目」


「……本当に悪かった」


 有紗は二人のやり取りを見ながら、楽しそうに笑っていた。


「シンシアは紫音くんと同じ研究者なの。月に一度、私の魔力を測りに来てくれるんだよ」


「同じではない」


 シンシアが即座に訂正した。


「研究しているものが違う」


「へえ。研究って言っても、色々あるんだな」


 シャロウは何気なく相槌を打った。


「ある。紫音の研究は、魔力構造と既存術式の解析、安定化、運用効率の向上。すでに存在するものを、より正確に扱うための研究」


「その説明には、やや悪意を感じますね」


「事実」


 シンシアは気にせず続ける。


「一方、私の研究は、まだ定義すら確立されていない記憶情報の質量化。記憶の再生時には、呼吸数、心拍、筋緊張、体温、魔力循環速度が同時に変動する。特定の感情を伴う記憶ほど変化量が大きく、反復して想起された記憶は魔力経路にも残留傾向を示す。つまり記憶は情報として保存されるだけではなく、身体と魔力に継続的な負荷を与えている可能性が高い」


「……もういい。飯が冷める」


 シャロウはスープの匙を取り直した。


「かなり省いた」


 匙が、再び止まる。


「……あれでかよ」


 シンシアは答えず、改めてシャロウを観察した。


 乱れた黒髪。腰に差した剣。初対面の相手へ向けられた、警戒心の強い目。


 次に紫音を見る。


「珍しいな」


「何がです?」


「紫音が、剣を持った素性の分からない男を研究棟に入れている」


「旧排水路の封鎖が終わるまで、一時的に滞在しているだけです」


「食事は一日三回?」


「ああ」


「部屋もある?」


「客室だ」


「鍵は持っている?」


 シャロウが黙る。


 シンシアは小さく頷いた。


「理解した。半分、住んでいる」


「住んでねえ」


「そのうち完全に住むかもしれない」


「住まねえよ」


「未来は未確定」


「勝手に決めんな」

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