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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第7話 客室の鍵

 その日の夕食後。


「ここが、昨日使ってもらったお部屋だよ」


 有紗はシャロウを客室へ案内した。


「知ってる」


「今日から、しばらくシャロウのお部屋だね」


「数日借りるだけだ」


「うん。でも、その間はシャロウのお部屋でしょう?」


 有紗は細い鍵を差し出した。


 シャロウはそれを見下ろしたまま、受け取ろうとしない。


「いらねえ。中から閉められる」


「外から戻った時に入れないよ」


「誰かに開けてもらう」


「誰もいなかったら?」


「その時は待つ」


「でも、鍵があれば待たなくていいでしょう?」


 有紗は当然のように言った。


 シャロウは返事をしなかった。


 有紗は彼の手を取り、その掌へ鍵を置く。


「なくさないでね」


「子供じゃねえ」


「じゃあ、大丈夫だね」


 有紗は満足そうに笑い、廊下へ出た。


「おやすみ、シャロウ」


「まだ寝ねえよ」


 返事を聞いた有紗は小さく笑い、扉を閉めた。


 シャロウは掌に残された鍵をしばらく見つめたあと、机の上へ置いた。



 夜が深まり、研究棟の物音が少なくなった頃。


 客室の窓を、白金色の光が横切った。


 月明かりではない。


 シャロウが訝しげに窓を開けると、中庭に有紗が立っていた。


 夜空を見上げ、両手を胸の前へ掲げている。指先には白金色の細い光が集まり、有紗が手を動かすたび、糸のように空中へ伸びていく。


 光は少しずつ重なり、小さな星の輪郭を作った。


 けれど、最後の一筋を結ぶ直前で形が崩れ、淡い粒となって散る。


「あ……」


 有紗は消えた光を見つめた。


 何度か指を開閉したあと、もう一度、夜空へ手を伸ばす。


「何やってんだ、あいつ」


 シャロウは小さく呟いた。


 それでも、窓から離れなかった。


 今度は先ほどよりもゆっくりと、白金色の光の粒が重ねられていく。


 一つ。


 もう一つ。


 細かな光はさらさらと流れながら集まり、夜の中に小さな星の形を作った。


 僅かに歪んでいたが、今度はすぐには崩れない。


挿絵(By みてみん)


「できた……?」


 有紗の顔が明るくなる。


 だが、星を空へ放そうとした瞬間、その輪郭が小さく震えた。


 白金色の粒は互いを繋ぎ止められず、さらさらと零れ落ちるようにほどけていく。


「あ……」


 光は空へ昇ることなく、淡い粒となって夜の中へ消えた。


 有紗は空になった指先を見つめた。


 シャロウもまた、窓辺に立ったまま消えた光の先を眺めていた。


「……変な魔法だな」


 有紗には届かない声で呟く。


 その時、彼女がふと研究棟を振り返った。


 シャロウは反射的に窓から身を引き、静かに窓を閉めた。



 それからしばらくして、客室の扉が控えめに二度叩かれた。


「シャロウ、起きてる?」


「何だ」


 扉を開けると、有紗が畳んだ毛布と、小さな包みを抱えて立っていた。


 先ほどまで外にいたせいか、頬が僅かに冷えている。


「夜、寒いかもしれないから予備の毛布」


「中にもある」


「それから、ミルクパン。夜中にお腹が空いたら食べてね」


「空かねえよ」


 そう言いながら、シャロウは包みを受け取った。


 有紗は満足そうに笑う。


「明日の朝も、一緒に食べようね」


「起きてたらな」


「じゃあ、起こしに来る」


「来んな」


「おやすみ、シャロウ」


 返事を待たず、有紗は廊下を戻っていった。


 小さくなっていく足音を聞きながら、シャロウはしばらく扉の前に立っていた。


 手には、まだほんのり温かいミルクパンの包みがある。


 シャロウはそれを机へ置いた。


 その時、脇に置いたままの鍵が目に入る。


 少しだけ迷ったあと、鍵を手に取り、外套の内ポケットへしまった。


 それから扉の内側の錠を下ろす。


 静かな研究棟に、かちりと小さな音が響いた。

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