第7話 客室の鍵
その日の夕食後。
「ここが、昨日使ってもらったお部屋だよ」
有紗はシャロウを客室へ案内した。
「知ってる」
「今日から、しばらくシャロウのお部屋だね」
「数日借りるだけだ」
「うん。でも、その間はシャロウのお部屋でしょう?」
有紗は細い鍵を差し出した。
シャロウはそれを見下ろしたまま、受け取ろうとしない。
「いらねえ。中から閉められる」
「外から戻った時に入れないよ」
「誰かに開けてもらう」
「誰もいなかったら?」
「その時は待つ」
「でも、鍵があれば待たなくていいでしょう?」
有紗は当然のように言った。
シャロウは返事をしなかった。
有紗は彼の手を取り、その掌へ鍵を置く。
「なくさないでね」
「子供じゃねえ」
「じゃあ、大丈夫だね」
有紗は満足そうに笑い、廊下へ出た。
「おやすみ、シャロウ」
「まだ寝ねえよ」
返事を聞いた有紗は小さく笑い、扉を閉めた。
シャロウは掌に残された鍵をしばらく見つめたあと、机の上へ置いた。
◇
夜が深まり、研究棟の物音が少なくなった頃。
客室の窓を、白金色の光が横切った。
月明かりではない。
シャロウが訝しげに窓を開けると、中庭に有紗が立っていた。
夜空を見上げ、両手を胸の前へ掲げている。指先には白金色の細い光が集まり、有紗が手を動かすたび、糸のように空中へ伸びていく。
光は少しずつ重なり、小さな星の輪郭を作った。
けれど、最後の一筋を結ぶ直前で形が崩れ、淡い粒となって散る。
「あ……」
有紗は消えた光を見つめた。
何度か指を開閉したあと、もう一度、夜空へ手を伸ばす。
「何やってんだ、あいつ」
シャロウは小さく呟いた。
それでも、窓から離れなかった。
今度は先ほどよりもゆっくりと、白金色の光の粒が重ねられていく。
一つ。
もう一つ。
細かな光はさらさらと流れながら集まり、夜の中に小さな星の形を作った。
僅かに歪んでいたが、今度はすぐには崩れない。
「できた……?」
有紗の顔が明るくなる。
だが、星を空へ放そうとした瞬間、その輪郭が小さく震えた。
白金色の粒は互いを繋ぎ止められず、さらさらと零れ落ちるようにほどけていく。
「あ……」
光は空へ昇ることなく、淡い粒となって夜の中へ消えた。
有紗は空になった指先を見つめた。
シャロウもまた、窓辺に立ったまま消えた光の先を眺めていた。
「……変な魔法だな」
有紗には届かない声で呟く。
その時、彼女がふと研究棟を振り返った。
シャロウは反射的に窓から身を引き、静かに窓を閉めた。
◇
それからしばらくして、客室の扉が控えめに二度叩かれた。
「シャロウ、起きてる?」
「何だ」
扉を開けると、有紗が畳んだ毛布と、小さな包みを抱えて立っていた。
先ほどまで外にいたせいか、頬が僅かに冷えている。
「夜、寒いかもしれないから予備の毛布」
「中にもある」
「それから、ミルクパン。夜中にお腹が空いたら食べてね」
「空かねえよ」
そう言いながら、シャロウは包みを受け取った。
有紗は満足そうに笑う。
「明日の朝も、一緒に食べようね」
「起きてたらな」
「じゃあ、起こしに来る」
「来んな」
「おやすみ、シャロウ」
返事を待たず、有紗は廊下を戻っていった。
小さくなっていく足音を聞きながら、シャロウはしばらく扉の前に立っていた。
手には、まだほんのり温かいミルクパンの包みがある。
シャロウはそれを机へ置いた。
その時、脇に置いたままの鍵が目に入る。
少しだけ迷ったあと、鍵を手に取り、外套の内ポケットへしまった。
それから扉の内側の錠を下ろす。
静かな研究棟に、かちりと小さな音が響いた。




