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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第6話 番犬の条件

 研究棟へ戻ると、食堂には牛肉と根菜の煮込みが用意されていた。


 深い皿から立ち上る湯気に、シャロウの視線が吸い寄せられる。


「お帰りなさいませ。外壁の様子はいかがでしたか?」


 リネットが尋ねた。


「旧排水路が開いていました」


 紫音が外套を脱ぎながら答える。


「すぐに封鎖できる状態ではありません。内部の調査も必要です」


「さようでございますか」


 リネットは僅かに心配そうな顔をしたが、すぐにシャロウの前へ煮込み料理を置いた。


「シャロウ様も、お疲れさまでした」


「ああ」


 シャロウは席に着くなり、匙を手にした。


 柔らかく煮込まれた肉を一口食べ、間を置かずに次をすくう。


 その横へ、リネットが皮を香ばしく焼いた、厚切りのカンパーニュを置いた。


 シャロウは当然のように一枚取り、煮込みの汁へ浸す。硬めの皮が汁を含んで柔らかくなり、湯気と一緒に麦の香りが立った。


「食事中ですが、今後について確認します」


 紫音は食卓の端へ旧排水路の図面を広げた。


「飯くらい静かに食わせろ」


「その前に、狩猟組合の登録札を確認させてください」


「今さらかよ」


「昨夜は治療を優先しました。今朝は現場の確認を優先しただけです」


「後回しにしてただけじゃねえか」


「そうとも言います」


 シャロウは面倒そうに外套の内側へ手を入れ、黒ずんだ金属札を卓上へ放った。


 紫音はそれを手に取り、刻まれた名と登録印を確認する。


「現役の組合員であることは確認できました」


「偽物だと思ってたのか」


「素性の分からない人間を、無条件で信用するほど不用心ではありません」


「そのわりに、現場まで連れていっただろ」


「有紗を連れていくと言い出したのは、あなたです」


「許したのはお前だろ」


「その件については、今後の検討事項です」


 紫音は登録札をシャロウの前へ戻した。


「では、封鎖が終わるまでは、あなたにも協力していただきます」


「なんで俺が」


「正確に魔獣の痕跡を追えるのは、あなたです」


「見つけたのは俺だ。そこまでで十分だろ」


「それでは、食事と部屋の提供も本日までということになります」


 シャロウの匙が止まった。


 有紗が不安そうに紫音を見る。


「今日で出ていかなきゃ駄目なの?」


「本人が協力しないのであれば、滞在させる理由がありません」


「紫音くん……」


「脅してんのか」


 シャロウが低く尋ねる。


「条件を提示しているだけです」


 紫音は気にした様子もなく、指を一本立てた。


「旧排水路の調査と封鎖に協力すること」


「……」


「魔獣の気配を感知した場合は、必ず報告すること」


「内容による」


「必ずです」


「面倒だな」


「許可なく研究区画へ立ち入らないこと」


「興味ねえよ」


 紫音は指をもう一本立てた。


「滞在している間、有紗が今回の調査に関係する場所へ出る場合は、あなたにも同行していただきます」


「待て」


 シャロウが眉を寄せる。


「俺をこいつの番犬にする気か?」


挿絵(By みてみん)


「今朝、自分が見ていると仰ったのはあなたでしょう」


「あれは、あの場だけの話だ」


「有紗は危険を見つけると、自分から近づいていきます」


「近づかないよ」


 有紗が小さく抗議した。


 紫音とシャロウが同時に彼女を見る。


「……怪我をしている人がいたら、声はかけるけど」


「同じことです」


「同じだろ」


 二人の声が重なった。


 有紗は困ったように眉を下げる。


「ほら」


 シャロウが紫音へ顎を向けた。


「お前が見てろ」


「私が常に同行できるとは限りません」


「だからって、なんで俺なんだよ」


「魔獣の気配を感知でき、戦闘能力があり、有紗の制止に成功した実績があります」


「一回だけだろ」


「十分です」


「どこがだ」


「比喩としての番犬です。気にしないでください」


「気にするだろ」


 有紗が二人を見比べる。


「シャロウは、嫌?」


 問われて、シャロウは口を閉じた。


 有紗は引き留めるでもなく、ただ返事を待っている。


 シャロウは小さく舌打ちすると、煮込みへ視線を戻した。


「……封鎖が終わるまでだ」


「構いません」


「毎回ついていくとは言ってねえぞ」


「必要な場合だけです」


「こいつが勝手なことをしても、俺の責任にすんなよ」


「善処してください」


「責任にする気じゃねえか」


 紫音は図面を畳んだ。


「対価として、現在使用している客室と、一日三回の食事を提供します」


 シャロウの視線が、煮込み料理へ一度だけ落ちる。


「何日だ」


「調査結果によりますが、数日から一週間ほどでしょう」


「仕事が終わるまでだ」


「はい」


「終わったら出ていく」


「分かった」


 有紗があまりにも素直に頷いたため、シャロウは僅かに眉を寄せた。


「何で嬉しそうなんだよ」


「だって、明日も一緒に朝ごはんを食べられるでしょう?」


「それだけか」


「それだけじゃ駄目?」


 有紗が首を傾げる。


 シャロウは答えず、残っていた煮込みを口へ運んだ。

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