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✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

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第4話 朝食の席に居ついた客人

 紫音が食堂へ入ると、昨夜までいなかったはずの男が、有紗の向かいで朝食を食べていた。


 テーブルには、空になったスープ皿と、焼きたてのクロワッサンを盛った籠が置かれている。薄い層の間から、バターの甘い香りがふわりと立っていた。


 シャロウは、三つ目のパンへ手を伸ばしていた。


「おはよう、紫音くん」


 有紗がいつもどおり笑う。


「シャロウ、朝ごはんもいっぱい食べてるよ」


「見れば分かります」


 紫音は食堂の入口に立ったまま、シャロウを見た。


 シャロウもクロワッサンを片手に、ぱりぱりと薄い層をこぼしながら紫音を見返す。


「……なぜ、まだいるんですか」


「有紗が居ろって言うから」


「うん。夜になっても少しふらついてたから、客室で寝てもらったの」


「誰の許可を得て?」


「リネット」


「紫音博士は眠っていらしたので」


「……そうですか」


 まるで、昨夜から何ひとつ不自然なことなど起きていないような口調だった。


「それに、夜のうちに出ていくのは危ないでしょう?」


「危ないのは彼ではなく、研究棟の方かもしれません」


「失礼だな」


「素性の分からない人間を警戒するのは当然です」


 シャロウは答えず、手にしていたパンを食べ切った。


 その視線が、籠に残った最後の一つへ移る。


 有紗はすぐに気づき、籠をそっと差し出した。


「これも食べる?」


「ああ」


 今度は、いらないとは言わなかった。


 紫音はしばらく二人を見つめ、それから静かに目を閉じた。


「有紗」


「なあに?」


「餌を与えないでください」


「餌じゃないよ。朝ごはんだよ」


「同じことです」


「違う」


 シャロウが低く口を挟む。


 そこへリネットが、焼きたての塩パンを盛った籠を置いた。


「まだ焼き上がったものがございますよ」


 シャロウの視線が、すぐにそちらへ移った。


 紫音は何も言わず、空いている椅子を引いた。


「食べながらで構いません。いくつか質問します」


「断る」


「では、食事を終えたら出ていってください」


 シャロウの手が、籠の上で止まった。


 有紗が紫音を見る。


「紫音くん」


「駄目です」


「まだ何も言ってないよ」


「言わなくても分かります」


 シャロウは不機嫌そうに椅子へ座り直した。


「……何が聞きたい」


「昨夜、どこで負傷したのですか」


「街の外れだ」


「何に襲われたんです?」


「魔獣」


 紫音の眉が、わずかに動いた。


「外壁の内側で?」


「ああ」


「見張りは何をしていたんです」


「気づいてなかった」


「あなたは、どうして気づいたのですか」


「臭いがした」


 シャロウは新しいクロワッサンを一つ取り、まだ温かい端を無造作に折った。


「路地まで追ってきたから、斬った。それだけだ」


「それだけで、あれほど出血したの?」


 有紗が心配そうに尋ねる。


「何日も食ってなかったせいだ」


「やっぱり、お腹が空いてた方が大変だったんだね」


「違う」


「でも、今はすごく元気そう」


「うるさい」


 シャロウは顔を背けたまま、割ったパンを口へ運んだ。


 紫音だけは笑わなかった。


「近頃、外壁の周辺で魔獣の痕跡が増えています。しかし、内側へ侵入したという報告はありません」


「なら、見張りが無能なんだろ」


「侵入経路を確認する必要があります」


「勝手にすればいい」


「場所を案内してください」


 シャロウが紫音を見る。


「なぜ俺が」


「正確な場所を知っているのは、あなたでしょう」


「場所なら教える」


「路地の位置だけではありません。侵入した方角と、残された痕跡を確認したいのです」


「……面倒だな」


「内側に一匹いたのであれば、他にも入り込んでいる可能性があります」


 シャロウの手が止まった。


「昨夜の奴だけじゃないってことか」


「確認するまでは否定できません」


 しばらく黙ったあと、シャロウは残ったパンを口へ放り込んだ。


「分かった。案内する」


「ありがとうございます」


「飯の礼だ」


 リネットが空いた皿を重ねながら、三人を見回した。


「昼食までにはお戻りになれますか?」


「現場を見るだけです。そう時間はかからないでしょう」


「では、牛肉と根菜を煮込んでおきます。朝から火にかけておりますので、戻られる頃にはちょうどよく味が染みているかと」


 シャロウの視線が、ほんの一瞬だけ厨房へ向いた。


「……遅くなるなよ」


「あなたが案内するのですが」


「うるせぇ」


「私も行く!」


 有紗が立ち上がる。


「有紗は残ってください」


「どうして?」


「魔獣が侵入した可能性のある場所へ、あなたを連れていけるわけがないでしょう」


「でも、二人だけだと喧嘩しそう」

「しません」

「するだろ」


 紫音とシャロウの声が重なった。


 有紗は二人を見比べ、心配そうに眉を下げた。


「……あとから勝手についてきたりしねえよな」

「しないよ」

「有紗はそんなことをしません」


 紫音が言い切る。


「……そうかよ」


 シャロウはそう答えたものの、どこか疑わしそうだった。


「本当に行かないよ?」

「分かった」

「でも、心配なのは心配だよ」

「……」


 シャロウは面倒そうに頭を掻いた。


「なら、連れていけばいいだろ」

「なぜそうなるんです」

「俺が見てる」

「あなたまで何を言っているんです」

「一人で来られるよりマシだ」

「来ないと言っているでしょう」

「分かったって言ってんだろ」


 有紗は二人を見比べた。


「……行っていいの?」

「駄目です」

「いいだろ」


 また、二人の声が重なった。


 有紗の顔が明るくなった。


「本当?」

「ああ。変な奴を見掛けたら、すぐに逃げろよ」


 有紗は一瞬、シャロウを見た。


「……俺を見るな」


挿絵(By みてみん)


 その横で、リネットは三人分の外套を用意し始めていた。


 紫音は深く息を吐いた。


 昨夜、研究棟へ連れてこられた素性不明の男は、朝食を食べ終える頃には、なぜか有紗の見張り役に収まっていた。

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