表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✩ 星編みの魔法使い ✩  作者: 七瀬朔
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/40

第37話 白の器計画

 翌朝。


 食堂には、いつもの朝食が並んでいた。

 けれど、有紗だけは少し落ち着かなかった。


 パンをちぎりながら、向かいで香草茶を飲む紫音の様子を何度も窺う。


 その隣ではリュシアンがゆっくりとスープを口へ運び、シャロウはすでに半分ほど食べ終えていた。


 昨日、広場で買った果実飴は、まだ有紗の部屋に置いてある。

 紫音とリネットへのお土産だ。


 賄賂ではない。


「有紗」


「なあに?」


 紫音が茶器を置いた。


「朝食後、研究室へ来てください」


 有紗の手が止まる。


「検査?」


「いいえ」


 紫音は首を横に振った。


「森から回収した黒い首輪についてです。昨夜までに、いくつか解析結果が出ました」


「あ……」


 有紗は小さく声を漏らした。


「シャロウも来てください。実際に魔獣と接触した時の様子について、確認したいことがあります」


「分かった」


「リュシアンもお願いします」


「はい」



     ◇



 朝食を終えると、四人は研究室へ移った。


 長机の上には、洗浄された黒い首輪が並べられていた。


 森で見た時とは違い、太さや留め具の位置にも僅かな違いがある。


 リュシアンが椅子へ腰を下ろし、シャロウは長机の端に立つ。


 紫音は記録紙を手に取った。


「それで、何が分かったんだ」


 シャロウが尋ねる。


「まず、確認できたことからお話しします」


 紫音は記録紙を一枚めくった。


「リュシアンの見立てどおり、これは黒焔ではありません」


「……じゃあ、何なの?」


「制御術式です。表面だけ、黒焔に似せてあります」


 有紗はリュシアンを見た。


「森で言ってたの、合ってたんだね」


「……そのようです」


「どうして分かったの?」


「分かったわけではありません。ただ、黒焔に似た色と気配を持っているのに、私の身体は何も受け取りませんでした」


「受け取る?」


「本物の黒焔であれば、身体の奥が先に反応します。痛みが完全に消えるわけではありません。それでも、知っているものだと分かるのです」


「首輪には、それがなかった?」


「はい」


「そっか」


 紫音が続ける。


「内部の術式は、対象へ命令を送り、従わせるためのものです」


「従わなかったら?」


「痛みが返ります。命令に逆らうほど、強い負荷がかかるようです」


 有紗の表情が曇った。


「あの子たち……暴れたかったわけじゃなかったの?」


「それは分かりません」


 紫音は静かに答えた。


「ただ、この術式が使われていたのであれば、命令に逆らうたびに痛みを受けていたはずです」


「レア様の力を騙り、恐怖で生き物を従わせるなど……許されることではありません」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 やがて紫音が記録紙を机へ置く。


「一度、休憩にしましょう」


「そうだ」


 有紗が顔を上げた。


「果実飴、持ってくる」


「果実飴?」


「昨日買ったの。紫音くんとリネットに、お土産」


「賄賂だろ」


 シャロウが言った。


「違うよ! お土産なの!」


 有紗はそう言い残し、果実飴を取りに研究室を出ていった。



     ◇



 中庭では、リネットが茶を用意してくれた。


 有紗は部屋から持ってきた果実飴を皆に配り、自分も一つ口に入れた。


「そういえば、リネット」


「はい」


「昨日、輪投げをしたの」


「輪投げでございますか?」


「うん。一回も入らなかったけど」


「それで帰りが遅くなったんですね」


 紫音が静かに言った。


「……」


「魔法では入れただろ」


「それは数えないの」


 リネットが僅かに首を傾げる。


「魔法で?」


「ちょっとだけ使ったの」


「全部の輪を瓶に入れたのを、ちょっととは言わねぇよ」


 向かいで、リュシアンが小さく笑った。


 有紗がそちらを見る。


「リュシアンさんも、輪投げしたことある?」


「ありません」


「じゃあ、今度一緒にやろう」


「私もですか?」


「うん。難しいよ」


 しばらくして、紫音が茶器を置いた。


「そろそろ戻りましょうか」


「もう?」


「続きがありますから」



     ◇



 研究室へ戻ると、長机には先ほどと変わらず黒い首輪が並んでいた。


「先ほど、表面だけ黒焔に似せてあると話しましたね」


 紫音が首輪の一つを示す。


「うん」


「制御術式を使うだけなら、その必要はありません。術式を隠すことだけが目的なら、他にも方法はあります」


「黒焔に見せたかった?」


「その可能性はあります」


「誰に?」


「それも分かりません」


 リュシアンが並んだ首輪へ目を向ける。


「形が少しずつ違うのも、何か意味があるのでしょうか」


「その点も調べています」


 紫音は太さの異なる二つを示した。


「使われている術式の基本構造は同じです。ただ、細部には違いがあります。留め具の形状や魔力を通す経路、制御の強さも完全には一致していません」


「同じ物じゃないの?」


「同じ目的で作られた、別の物と考えた方が近いでしょう」


 有紗は二つの首輪を見比べた。


「同じ魔獣につけるなら、全部同じでいいんじゃねぇのか」


 シャロウが口を開く。


「通常なら、その方が効率的でしょう」


「なら、わざと変えてるってことか?」


「まだ断定はできません」


 紫音は一度言葉を切った。


「ですが、複数の型を試していた可能性はあります」


「試してた?」


「どの形が適しているのか。どの程度の制御が必要なのか。そうした条件を試していたと考えれば、違いがあることにも説明はつきます」


 有紗は黙って、二つの首輪を見比べた。


「もう一つ、気になることがあります」


 紫音の声に、有紗は顔を上げた。


「首輪に使われている術式そのものではありません。その組み上げ方の一部に、以前見たものと似た考え方があります」


「以前?」


「王宮の古い研究です」


「何の研究?」


 紫音はすぐには答えなかった。


 その僅かな間に、シャロウが目を細める。


「言えねぇのか」


「いいえ」


 紫音は静かに答えた。


「確認できていない部分が多いため、今の段階で詳しく話すべきではないと考えています」


「名前くらいはあるんだろ」


 紫音の視線が、長机へ落ちた。


 少しの沈黙のあと、口を開く。


「白の器計画」


 有紗は首を傾げた。


「白の器?」


「王宮で、かつて行われていた研究です」


「何の?」


「それを含めて、これから確認します」


 有紗は紫音の顔を見た。


「紫音くんは、知ってるの?」


 紫音は少し間を置いた。


「……知っていることはあります」


「じゃあ、教えて」


「今は、まだ話せません」


「どうして?」


「首輪との関係が、まだはっきりしていないからです」


「関係があったら?」


「その時は、お話しします」


 有紗は少し考えてから、頷いた。


「……分かった」


「王宮へ照会を出します」


 紫音は記録紙を揃えた。


「同じ系統の研究なのか、それとも一部に似た考え方が使われているだけなのか。まずはそこからです」


 有紗は小さく頷いた。


 白の器計画。


 聞いたことのない名前だった。


「……器って、何を入れるのかな」


 紫音の手が止まった。


 けれど、答えは返ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ